御正堰用水分水工

御正堰用水から南へ分水する水門。

(埼玉県熊谷市押切)

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江戸時代に造られた荒川の6つの取水堰のうち右岸には御正(みしょう)堰と万吉(まげち)堰があり、それぞれ⑤御正堰用水、⑥万吉堰用水の取水口となっていた。六堰頭首工が出来てからは御正堰用水と万吉堰用水は一本化され「御正吉見堰幹線用水路」となった。

御正吉見堰幹線用水路の上流部は地下トンネルのため詳細はわからないが、取水口は六堰頭首工の左岸だと思われ、頭首工の下をサイフォンで右岸へ送水し、その後も右岸の地下トンネルを通して旧江南サイフォンの吐口で地表に出ていると思われる。

その地表部の"⇩"付近に来ている。

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この辺りの地名を「押切(おしきり)」という。「堤防が切れる場所」という意味だが、現代の押切地区は荒川による水害は考えにくい場所である。

この地名ができたころは荒川は現在より北側を流れ、それが南側へ氾濫していたのだろう。そのころ浸水した場所はいまは荒川の河道になっていて農地や居住地ではなくなっているのだと思われる。

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御正吉見幹線用水は崖線上の農地を悠々と流れている。

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水路はいくつかあるが、所々に用水路の名前の看板が出でいるのでどれが幹線用水路なのかわかる。

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ここまでのところ雑排水などが流れ込んでいない、きれいな流れだ。

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押切橋の南詰めに、幹線用水から南へ分水する分水工があった。

この水門が南方向への取水口。

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ただし、分配量を一定に保つような仕組みの分水工ではなく、単なる水門である。

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本流は少し広くなって、先には除塵機のようなものがある。

実はここは沈砂池なのではないか。

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「高堰分水工」という名前らしい。

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除塵機の先にも水路があるが、それは幹線用水ではなく、先の田畑に水を送る程度の小さな水路でしかない。

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本流はクランク状に左に折れて続いている。

この左側に曲げた構造が、沈砂池ではないかと考える理由。

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この先は家々の間を抜けていく少し風情のある場所になる。

(2023年02月18日訪問)