吉見総合運動場の中の道を北へ行くと、道ばたに小さな神社がある。
旧明秋村の稲荷神社だ。
車道の近くに幟立てがあり、森を背にした赤い鳥居が印象的だ。
ちなみに河川敷には幟立てや鳥居であっても国への建築許可が必要。
明治時代の地図を見るとこの場所に縦並びの2つの建築物が描かれている。
地図のマークが神社であれば、かつては拝殿・本殿からなる神社だったのかもしれない。だが神社名がないので、このマークは人家で現在残る社はその屋敷神だった可能性もある。
明治時代の道は堤防の天端を通っていて、神社の場所は堤防の外だ。神社であるにしろ人家であるにしろ、よくこんな川のそばに建てたものだ・・・。
境内は夏草に埋もれているが、いまたまたま草の背丈が高い状態というだけで、たぶん年に2~3回は草刈りをしているだろう。
社殿は拝殿のみで、コンクリートの基礎が高く造ってある。背後は篠竹の藪なので、荒川が増水したとしても藪が緩衝となって、流木などが社殿にぶち当たることはなさそう。
拝殿は覆屋になっていて、内部には切妻平入りの小さな祠があった。
境内には巨大なエノキの樹があり、社殿を覆っていた。
(2026年06月12日訪問)
