県道74号線、下八ツ林交差点に酒屋さんがあり、その駐車場のような土地から奥にお堂が見える。
下八ツ林薬師堂だ。
境内は公園になっていて、桜がたくさん植えられているので花見の季節には近所の花見会場になりそう。
公園の遊具はあっさりしていて、ブランコと鉄棒のみ。
お堂の横には公民館があり、その半分が自警団の倉庫になっている。
同じ建物を反対側から観ると下八ツ林集落ンセンターという看板が下がっている。
このお堂はもと威徳寺というお寺の薬師堂だったが、お寺は廃絶していまは薬師堂だけが残されている。
お堂は方3間で、屋根はもと茅葺きだったのを銅板葺きに直したもの。
文化財に指定された鰐口は室町初期の銘があり、本尊は鎌倉時代の像だというが、お堂自体はそこまで古くはない。江戸後期くらいの印象。
正面の地蔵格子がビニールやガラスがなく素通しなので、中がよく見える。
前側1間が外陣、背後の内陣という密教様式の建築。内陣には護摩壇と須弥壇が見える。
主尊の薬師如来は座像で鎌倉時代の作だという。厨子の中に納められている秘仏で、12年に1度しかご開帳がない。
内陣の欄間には彫刻がある。
中央は龍。
左右は天女。
左側は楽太鼓。
右側は笙を奏する。
このお堂の裏側の濡れ縁には上げ舟が保存されている。
インターネットで川島の上げ舟を検索するとだいたいこの場所がヒットする。
私がこれまで荒川氾濫原で見た上げ舟は、農家の倉庫の裏などで整理がついていないような場所に残っていることが多く見学しにくいのだが、ここは間近でつぶさに観察できるのがうれしい。
明治43年にこの地域に大洪水があったことは何度か書いているが、川島町周辺は特に被害が激しかった。それを見た明治天皇が地域に見舞金を下賜された。
その見舞金で緊急時の避難や輸送に使うための舟がたくさん造られ、これはそのときの1艘とのこと。
和釘が使われている。
参道にあった水盤。
杯状穴彫りすぎでしょ!
境内の西側は墓地になっている。
新しい墓石が多い。
古い墓石は一ヶ所に集められている。
無縁仏の年代は多岐にわたりそう。
(2023年02月18日訪問)
