
八ツ保第2横堤から北側を見ると雑木林がある。この雑木林の裏側には市野川が流れていて、ちょっとした増水でも川が氾濫するような場所だ。雑木林が横堤のような機能を持っているのかもしれない。
高圧鉄塔の基礎も水害に備えて高床になっている。

驚くべきことにこの雑木林の中に神社があるのだ。
市野川と荒川の合流点に落差工のような構造物が見えるのも気になるので、神社にお参りがてら市野川合流点まで行ってみることにした。

神社へ向かう途中、畑の中にタシマがある。
現在の堤防ができる前に、あるいは市野川が現在の流路になる以前に人家があり、墓地でもあったのかもしれない。
見たところ石塔などは見当たらない。長い時間の川の氾濫で地表に固定されていないものはすべて流されただろう。だが、この場所が耕作してはならない場所として残ってきたのだ。

阿津満稲荷神社へと向かう。

神社は森の中にある。

言い伝えによれば、川辺にあった稲荷が流されそうになる夢をみた長太郎という村人が、頑丈な社殿を建てて祀ったのが始まりだという。堤外地(村から見て堤防を越えた河原)にあるにもかかわらず、多くの人がお参りするようになったという。
昭和8年に河川改修があり、現在の位置に遷座したというが、元はどこにあったのかは案内板を見てもよくわからなかった。
なお、「

3月上旬に初午の例祭が執り行われたようだ。
訪れたのは12月末で、張り紙がそのままになっていたということは、行事は初午だけだと思われる。

扁額の付いた立派な鳥居。
2019年の台風ではこのあたりは氾濫して、鳥居の上がやっと水から出るくらいの高さまで水没したが、そうした被害の痕跡はあまり感じられない。
すぐ復元したのか、あるいは、神社背後の森によって水流が弱められて神社は無事だったのか。

参道は鳥居のトンネルになっている。

トンネルの途中にある休憩所。
神社の附属建築としてあまり見たことがないものだ。

休憩所の先にはポンプ式の井戸がある。

本殿。
基壇は60cmくらいはかさ上げされているが、水害に備えて特に高く造られているというのでもない。

キツネはまだ新しい。
もしかして2019年に喪失して再建したのか?

本殿は流造り。
柱の風化具合を見るに、昭和8年の遷座の際の建築物ではないかと思う。
それ以後、かなりの回数水没したと思われるが、無事だったようだ。

本殿の右側には末社。
扁額には「御眷属憩處」とある。

本殿の背後の風景。
荒れた河原が広がっている。
(2022年12月16日訪問)