観音下の清水から坂を登ったところ。
そこに「観音下」の名前の由来となった観音堂がある。
お寺の名前は
山門前のすごく狭い三角形の敷地が公園になっている。
遊具はブランコとタイヤ飛びのみ。
公園には猿田彦大神の文字碑がある。
辻にあたる場所なので、塞の神的な石塔であろうか。
銘は崩し字でよくわからなかったが、元禄2年(江戸前期)か?
左側は坂東西国秩父百番供養で文政10年(江戸後期)、右側は下半分が埋もれているようだがたぶん馬頭尊。
山門は八脚門の仁王門。
建築年代に関する情報はないけれど、木鼻や蟇股の感じから江戸中期~前期くらいまで行くのではないかという感じ。
金剛力士像。
山門を過ぎると左側に千手観音像がある。
新しい像だがたくさんの手が精密に彫られた中々見ごたえのある像。
観音堂。
年代の情報はないけれど、彫刻などの感じから江戸後期と思われる。
内部は内陣が分離された密教様式。
明治十六年に奉納された算額があるということだが、見当たらなかった。
本尊は室町時代作の千手観音立像。山門の横にある千手観音は坐像なので、前仏というわけではない。
ほかに本尊と同時代の二十八部衆があり、すべて揃っているという。見ものだと思うが暗くてよく見えない。
内陣前に大きな賽銭箱があるのでかつてはもう少し近くで見られた時代があったのだろう。
観音堂の左側には鎮守社、天満宮、地蔵堂、閼伽井屋がある。
地蔵堂は基本的に六地蔵堂なのだが、その中に1体だけ如意輪観音がある。羽衣をまとった優美な石像だ。
閼伽井屋。
本堂の背後は墓地になっているが、墓石は新しいものが多い。
観音堂の右側には、方丈、本堂、庫裏がある。
(2026年07月01日訪問)
