池の薬師水牢跡

真田信利が年貢の取り立てに使ったという伝説がある。

(群馬県東吾妻町新巻)

写真

吾妻地方には水牢跡といわれるものが何箇所かある。

ここはそのひとつ、池の薬師水牢跡といわれるもの。

写真

これが水牢の跡といわれる湧水池だ。

案内板によれば、これは年貢を取り立てるための拷問装置というようなことが書かれている。

沼田を治めた真田信利は幕府に対して石高を過大に嘘の申告して、過剰な年貢を取り立てるという悪政を行なった。年貢が未納の者がいるとその妻子を縛り上げ、真冬に水の中に立たせた。水牢に入れられ凍死した者がいたり、妻子を助け出すため借金などをして年貢を納める者がいたという。

写真

ただそれが史実なのかどうかは、正直微妙なところ。あくまで伝承だろう。真田信利の悪政は史実で、義人茂左衛門といった後付けの物語を生んだが、これもそのひとつではないかと思う。

ただし水牢とされるものが吾妻地方の限られたエリアにだけいくつも存在していることから、真田家より前にこの地を支配していた岩櫃斎藤氏が作ったものだという説もある。

そのうち吾妻の水牢巡りでもしてみたいな。

写真

池の横には薬師堂という篭り堂がある。

写真

お堂の内部。

(2009年04月30日訪問)