普門院

門前の橋には妖怪小豆とぎの伝説がある。

(島根県松江市北田町)

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市街地へ戻ってきた。ここは松江城を西に望む、北田町。

城の外堀に相当する掘割がいくつもあるエリアだ。ここに普門院橋という橋がある。別名を「小豆(あずき)()ぎ橋」。小豆磨ぎ橋は普門院というお寺の地所にかつてあった橋だという。

小泉八雲は普門院の住職からこの橋にまつわる怪談を聞き、著作『怪談』のアイデアを得たという。

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小豆磨ぎの怪談とは以下のような話だ。

むかし、ここにあった橋の下には幽霊が住み着いていると云われていました。そしてなぜか、夜この場所を通るときに「杜若(かきつばた)」を(うた)ってはならないと伝えられていました。あるとき豪胆な武士があえて杜若を謡ってここを通りましたが、なにも起こりませんでした。武士が家に帰ってみると、美しい女が門口に立っていて、武士に箱を手渡しました。武士が箱を開けるとそこには我が子の生首が入っているではないですか。慌てて家に駆け込むと、我が子は殺されていたそうです。

杜若とは水辺に生えるアヤメのような花だ。謡曲「杜若」は、そのカキツバタの精が旅人に故事を語るという内容。その故事とは、旅人がいまいる場所はかつて在原業平(ありわらのなりひら)が杜若の和歌を読んだ場所であるということ。その和歌は「カ・キ・ツ・バ・タ」の5文字を読みこんだものだったそうだ。

唐衣(からころも) ()つつ()れにし (つま)しあれば 遥々(はるばる)きぬる (たび)をしぞ(おも)ふ」

怪談の中で、謡曲の全体を謡いながら歩くというのはちょっと不自然な気もするので、武士が謡ったのはこの短歌だったのではないかと思う。

よく聞く妖怪小豆とぎは、橋の下で音を立てて人を脅かすというもので、八雲が再話した怪談はかなり様相を異にしている。

ちなみに謡曲「杜若」の舞台とされるのは三河国の八橋という土地。その場所には平安時代に「八ツ橋」という風情のある木造橋が掛かっていたといわれ、当サイトではそれをモチーフとした複製品を見つけた場合には収集することにしているが、まだ収集数は少ない。

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橋から見た普門院の位置関係。

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山門は薬医門。

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本堂は妻入りで、家大工の仕事みたいな建物だ。

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ただし、正面から見えるのは拝殿のような部分で、その背後に別途、宝形の建物が見える。

つまり後ろの宝形の建物こそが本堂の「本体」で、手前の切妻は「壁付きの向拝」と言っていいかもしれない。

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本堂の右側には玄関、庫裏。こちらもあまり寺の庫裏という感じではなく、料亭みたいな雰囲気の建物。

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本堂の左側には不動堂。

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そのさらに左側に鎮守社の稲荷社があった。

(2005年04月30日訪問)