狢の微高地集落

自然堤防上に成立した環状の地割り。

(埼玉県川島町上狢)

荒川の西側、川島町(かわじままち)と吉見町は先史時代から和田吉野川(荒川)や市野川の度重なる氾濫で作られた平野だ。人々は上流から流されてきた沃土が広がる土地を開拓して田畑を造ってきたが、その代償として常に水害と隣り合わせに生きなければならなかった。

そうした環境で人々は水害を免れる可能性がわずかでも高い「自然堤防」上に居を構えてきた。川島町の古くからの集落はほぼ自然堤防の上にある。自然堤防とは川が自由に氾濫していた時代に氾濫によってあふれ出た土砂が積もって流路に沿って微高地を形成した地形だ。

そうした自然堤防集落のなかでも、旧(むじな)村はその特徴がおもしろいくらいに見てとれる場所だ。

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空から見ると集落が環状になっているのがわかる。

手前の桜並木は安藤川。

この環状の地割りはかつて荒川が蛇行していたときの自然堤防なのだ。荒川がこんなグニャグニャに曲がっていたというのは、今の荒川しか知らない現代人からはちょっと想像しにくい。

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荒川や市野川に高い堤防ができて、ポンプで水を排水できるようになる以前は、頻繁に土地が冠水していた。記録に残るような洪水は20~30年に一度くらいしか起きなかったが、小さな氾濫や冠水は日常茶飯事だったろう。

そのとき、この環状の土地が水をかぶらない場所なのだ。

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で、その微高地を地上で見るとどんな景観かというと、意外にわかりにくい。

その場に立って見ればまぁわかるのだが、写真で説明するのはむずかしい。

この道路の右側が「微高地」と呼ばれる地形である。道路よりも1mほど高いのがわかるだろう。

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旧狢村はこの環状の地割りの外側と内側に環状の道路があり、その間が扇形に分割された私有地である。

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外側の道路の様子。

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外側の道路から内側を見ると、緩やかな傾斜になっていて高低差はわかりにくい。

ということは、荒川が蛇行した時代、手前側に向かって水があふれ出たのだろう。

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内側の道路の様子。

内側の道路と人家の間には段差があり、はっきりと高低差がわかる。

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内側の道路に面した土地が一番高くなっていて、水塚(みつか)もこの道路に沿った場所に見られる。

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こちらが自然堤防の荒川の流れがあった側ということだ。

(2025年08月25日訪問)