渕尻の稚蚕飼育所を見てから半年後、友人と養蚕農家、石坂家を訪ねた。渕尻の稚蚕飼育所からはすぐ近くの場所だ。
聞くところでは石坂家は群馬県最大の養蚕農家ではないかとのこと。つまり全国でも最大の養蚕農家だろう。
訪れたときご主人は稚蚕飼育の最中。春蚕の二度掃きの稚蚕飼育中なのだった。
ここは稚蚕共同飼育所とかではない。個人の家にある稚蚕飼育室なのだ。
息子さんが春蚕の壮蚕飼育をするのと並行に、ご主人が次の稚蚕飼育をしている。
稚蚕飼育は「くわのはな」という群馬県が製造しているカイコ専用の人工飼料。それを切削する自動給餌機と、電気温床育の保温庫を個人で所有しているのだ。
養蚕の収量を上げるには年間に多数回の飼育が必要だが、回数を増やしていくと蚕期が重なる。そのため、稚蚕飼育所での稚蚕飼育と、養蚕農家での壮蚕飼育は並行して行なわれてきたが、もう地域には大規模養蚕農家がないため、その仕組み自体が廻らなくなり、ついに個人で稚蚕飼育を行なうようになった。
敷地内には沢山の建物がある。
これが大規模農家というものなのか・・・。
木造の蚕室もある。
こちらは重量鉄骨の巨大な蚕室。
渕尻にあったのと同じ建物だ。やっぱりあれは壮蚕飼育棟だったのか。
こうした高額な設備投資は一般的には地域の農家が集まって養蚕組合を作り、そこに補助金が投入される。だが、採算割れして組合が解散したり、農家が離脱したりして最後の1軒がその設備を継承するということはこれまでもよく見てきた。愛媛の瀧本家などもそうだった。
定礎を見ると「昭和50年度 第二次農業構造改革事業 養蚕団地造成 渕尻壮蚕飼育所 B団地 No.1」とある。
だとすると渕尻の施設は「A団地」なのかもしれない。
これが大規模蚕室の飼育だ。
倉澤家は1蚕期で最大27箱(54万頭?)を掃き立て、年5回の飼育で5トンの繭を生産するという。
正確に数えなかったけれど、ざっくり1棟で20万頭弱のカイコが飼育できると思われる。奥にも同じ面積の飼育室があるとすると40万頭のカイコがいることになる。春蚕は繭も大きいので800kg弱の収穫になる。
給桑の仕方は、蚕座の長手に枝を並べる方法。大規模養蚕農家はだいたいこの並べ方だ。
ここで使っている飼育台は、群馬県ではポピュラーなスーパー飼育台。群馬で見られるスーパー飼育台は柱がH型とU型に大別できるが、これはU字型。昭和50年に養蚕団地を造ったときの仕様なのだと思われる。
大規模養蚕の機械化の最終形態は多段循環式蚕座だが、ここではそれより古い方法で大規模養蚕をしている。甘楽町で見た蚕室は昭和55年の補助事業だったから、5年の間に仕様が変わったのかもしれない。
カイコはだいぶ大きくなっている。品種は「ぐんま200」。5齢の4~5日目くらいか。
倉澤稚蚕飼育所で聞いた話では月夜野の春蚕の掃き立ては5月27日。なのに石坂家では6月4日ですでに5齢の半ばになっている。実は石坂家では春の訪れが遅い月夜野のハンデを埋めるため、50km離れた榛東村のほうに桑畑を借りていてそこで桑を収穫してトラックで運んできている。
主屋の方へいったら息子さんが作業をしていたので、上蔟室を見せてもらう。
主屋の2階が上蔟室なのだが、最近その上に3階を増築した。平成の世に、養蚕農家が主屋に3階を増築するなんて、見なければ想像できない。
主屋の前には天幕を張りつつあった。聞かなかったけれど、上蔟のための網掛けの仮置きをする場所なのかもしれない。
2階にはすでに回転蔟が並べられていた。
愛媛の大規模農家瀧本家では、上蔟は3日間かけて行なっていたが、石坂家では成長をずらすということはせず、全頭を1日で一斉上蔟するという。
「このくらい1日でやらなかったら、大規模養蚕はできない」とのこと。
回転蔟は藤原でみたH型フレーム。県北はこれなのか。
3階への階段はコンテナなどの荷物を持って上りやすいように傾斜がゆるく造られている。
昔の蚕室とは2階が渡り廊下でつながっている。
以前から効率を考えてきた家なのだ。
廃条捨て場。
蚕糞から出る汚水が流れ出さないように、コンクリートのタタキになっている。これだけでもけっこうな施設。
腐りかけた廃条は畑に積み上げてある
人間の背よりも高く。
廃条を積み上げるにも重機が必要になり、こうした機械はすべて自前で揃えている。
石坂家は養蚕のほかに、リンゴ、キノコ、乾燥芋、コメといった多角経営で、さらに冬期には道路の除雪も請け負うという。
現在、蚕室をさらに建て増ししているところだった。
石坂家の環境では5トンに壁があって、さらなる増産のための設備投資をしているのだという。
四国や九州のような温暖な地域ではなく、春蚕の掃き立てが5月末というハンデのある山間地で、すごい営農意欲だ。
この飼育棟は、廃条をトラクターを使って運び出すことを前提に設計しているという。1蚕期が終わってすぐに次の飼育を始めるためには、清掃の時間すら惜しまなければならないのだ。
なお、ここに設置予定の飼育台はオリジナル設計。石坂式飼育台といっていいのではないか。
通常の飼育台は1間が1.8mだが、石坂式は1.5倍の2.7mあるため、パーツが少なく、組み立ての作業時間がそれだけ短縮できるというもの。
石坂家の養蚕はこれまで見てきた養蚕農家と違っている点が多いと感じた。手順や道具のひとつひとつがどうしたら効率化できるかを考え抜いた結果なのだろう。
それもあくまでも養蚕の大規模化によって黒字経営をするということが前提なのだ。養蚕は儲からないからと年金をつぎ込んだり他の作物の売上で補填するという農家が多い中、石坂家のやり方には学ぶべき点が多いと思った。
見学させてくださり、ありがとうございました。
(2011年06月04日訪問)
