JR吾妻線、郷原駅。
改札もない無人駅だ。
でも駅を見にきたわけではない。
お目当てはこの後ろの建物。
稚蚕飼育所だ。
しかも戦前型!!
私は稚蚕飼育所についてはかなり注視してきたが、群馬県内で戦前の飼育所はここ1箇所しか確認できていない。
推定だが昭和13~15年ごろの建物ではないかと思う。
なぜ戦前と推定できるかというと、この屋根に載った換気塔。これは部屋を加温して、室内でカイコを棚飼いした建物の特徴だからだ。
換気塔と窓の数から、飼育室は3列あったことがわかる。
類似する大部屋方式の稚蚕飼育所には埼玉式、長野式があり、それぞれ終戦後に各地の蚕業試験場が独自に考案して各地方で普及させたが、群馬県で設置されたのは小部屋方式の群馬式だった。
したがって、群馬で大部屋式の古い飼育所があるとすれば、戦前に農林省が設計して全国に設置した時代のものだと考えられるのだ。
北側の壁面。
飼育室は東側にあり、西側が剉桑室や宿直室だったようだ。
各窓の上にさらに2段の天窓。
窓の下には地窓がある。
雨戸の隙間から内部が見えた。
建具が障子! ものすごい時代感がある。
飼育室は南北に2部屋に分かれていて全部で6室。南北に廊下がある。
『
これが、西大室稚蚕共同飼育所の設計図だ。引き戸によって部屋が南北に区切られている。
当サイトでは戦前型の飼育所として西山田稚蚕共同飼育所、曲輪稚蚕共同飼育所を紹介してきているが、どちらも飼育室は南北には区切られていない。
南北に区切られているタイプの飼育所としては初めて紹介する物件となる。
西大室稚蚕共同飼育所の外観。
外観からも郷原の飼育所はこれとよく似ている。
ただ、どうなんだろう。
南北に区切ることで、日当たりのよい南側の部屋が気温が上がりやすく、南北の部屋でカイコの成長が揃いにくいというデメリットが考えられる。
飼育所では蚕箔の置き位置を毎日ローテーションして、温度差の影響が出にくくなるようにするが、部屋の途中に障子戸があっては入れ替えの邪魔になるだけではなかったか。
また、東側の妻の壁を見ると、南北にある廊下の突き当たりが扉になっている。つまり、西大室の設計図のように部屋の全周に回廊のような廊下があるわけではなく、おそらく東端の部屋は外の壁に接しているのではないか。
戦争が激化する中で、廊下を簡略化したか、あるいは敷地の問題で省略されたのか。
これだと戸からもすきま風が入るだろうし、東端の部屋も若干条件がちがっていたかもしれない。
この戸はなんだったのだろう。配蚕に使ったのか・・・?
建物の西側は藪になっていて近づけないが、外便所がある。
外便所というのも古い飼育所の特徴だろう。
現存する古い飼育所の多くが工務店の倉庫や公民館などに転用されているが、この建物はどうも転用された気配がない。
養蚕の技術史上、きわめて貴重な建物だと思う。
2021年に再訪したらもうこの建物はなくなっていた。内部を見たかったな・・・。
ストリートビューを見ると、2014~2020年ごろに撤去されたようだ。
(2012年09月16日訪問)
