赤岩の街道の火の見櫓がある四つ角から少し引っ込んだところに稚蚕共同飼育所がある。
積極的に見学させてくれる稚蚕飼育所って、現状では日本中でここだけではないかと思う。
設立主体はの赤岩養蚕組合(設立時26名)で、昭和38年4月に土室育として竣工、昭和40年に土室電床育に改装された。
ムロは片側6基、両側で12基。1基の土室には10枚の蚕箔が入り、1枚で1箱の飼育ができるから、最大120箱の蚕が掃き立てできた。組合員数で単純に割ると1戸あたり4.6箱(約9万頭)という計算になる。現代の専用蚕室による養蚕を前提とすればささやかな飼育頭数だが、赤岩の農家のように主屋で畳を上げての養蚕では大変だったろう。
飼育所内部は手仕事好きの女性たちの活動拠点みたいになっているのがやや残念なところ。稚蚕飼育所を見に来ても、
観光客が後になって「稚蚕飼育所って蚕を飼って、そこから絹織物を生産する小さな工場のようなところだっけ?」みたいな記憶になりそう。
ムロの中を見せてもらうのも、なんだか迷惑がられた。せっかく見学できる稚蚕飼育所なのにもったいない。
形式は
一般的な土室育の飼育所は高窓や越屋根があって換気を重視した複雑な建屋だが、この飼育所にはそれらの特徴がなく、普通の小屋の中に土室が並んでいる。
換気は妻にある窓のみ。換気扇があるが後補だろう。
古い青焼きが残っていた。
貴重な資料。
飼育中の注意事項も貴重。養蚕の教科書などにはない、現場にしかわからないような注意点がいくつか含まれている。特にムロの底の砂についての言及があるのが見逃せないポイントだ。
稚蚕飼育所には飼育標準表が貼られたまま残っていることが多いが、こういう生々しい作業手順はあまり見たことがない。
扉にある温度計。
ここには乾湿計が付けられるのが一般的であり、温度計のみというのは特殊。
でも額縁の形状から、もともと乾湿計は付きそうにない。
ムロの内部。下部には電熱線があり、ムロの中を加温する。その下には砂が引かれているが、これは蓄熱によってムロ内の温度を安定させる。あるいは、元々は散水してムロ内の湿度を上げる目的で始まったのではないかと思う。
内部が物置になっていて、
この飼育所が炭火育の土室から、電床育の土室に改造された証がこの外側にある土管。
木炭で加温していた時代の換気口だ。
土管はひとつのムロについて1つずつ開口している。
地下の貯桑場入口は開口したまま。
入らせてもらった。
地下には
よく見かけるモーター駆動の「天龍式剉桑機」ではなく、手動で押し切り刃を上下すると、その力で自動的に桑が少しずつ押し出されるという古いタイプ。「福嶋式剉桑機」と呼ばれるものだ。
(2009年05月01日訪問)
