新町、倉賀野、高崎、板鼻、安中、松井田、坂本。群馬県の西部には中山道の宿場町の面影がわずかに残っているが、西に行くにつれて宿場町の雰囲気は濃厚になっていく。
ここ横川は松井田宿と坂本宿のあいだにある「
横川はとなりの松井田宿や坂本宿からはわずかな距離しか離れていないものの、関所があることから人が滞留し、商業的に発展したのだろう。
街道に沿って並ぶのは出し桁造りの総二階の家々。年代はまったくあてずっぽうだけど、少なくとも明治初期、もしかすると江戸末期くらいまで行くかもしれない。
中山道の宿場町全般でよく見られる形式の建物。ただし袖卯建を上げているようなバリバリの商家というのでもなく、なんとなく養蚕農家のような感じだ。
江戸時代には農民が2階建ての家を建てるのは許可が必要だったが、財力を持った商家にはなし崩しに2階建てが造られていた。
間の宿では宿泊業や、飯盛り女による売春業は禁止されていたとされているので、これらの家は旅館ではないのだろうけれど、街道に関する商いで富を蓄え、宿場町に倣った2階建てを建てていたのではないかと想像する。
春先のちょっといい感じの路地。
町の西の外れにある関所の跡。
関所は明治維新とともに破却された。
現在建っている西門の高麗門は昭和時代の復元だが、一部に江戸時代の関所の本物の木材が再利用されているという。
(2002年03月09日訪問)
