カンジーパゴダ

カンドージ湖のほとりにあるムドンを代表するパゴダ。

(ミャンマーモン州ムドン)

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ムドン山脈の峠を越えて、国道8号線に出た。

国道8号線はヤンゴン方面から、モン州を経由してミャンマーの東南端のタニンダリー管区まで通じる幹線道路だ。

ムドンはその街道にある交易の町。

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童話『ビルマの竪琴』の中に登場する収容所があったという町でもある。『ビルマの竪琴』は架空の物語だが、ミャンマー人の話ではムドンに捕虜収容所があったのは事実のようで、その場所もわかっているとか。一度くらい見に行ってみたい気もする。

さてそのムドンに着いて、あとは一目散にモーラミャインへ向かえばいいのだが、せっかくここまで来たのだからムドンを見ていこうか。

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モーラミャイン以南の国道8号線沿線は、これまで自分の運転で来たことがなく、目に入るものすべてが未踏の地域である。

目指したのはカンジーパゴダ。ムドンの町外れにある、ムドンを代表するパゴダだ。

国道に面したところに層塔型式の山門があり、そこから長い回廊がパゴダまで続いている。

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境内はとても広いので、オートバイに乗ったまま入る。

回廊の中間点にも層塔型の門がある。その前には小さなパゴダ。

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小さいと言っても、田舎ならばこれだけでお寺がひとつできるくらいのパゴダだ。

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回廊の行き止まり。

回廊の終点には仏殿があるが、パゴダとは接していない。

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その仏殿の内部。

天井は折り上げ天井になっているが、私がいわゆるモン様式と考えている折り上げ方とは違う。これまであまり見たことがない型式の天井だ。

仏殿から出るとカンジーパゴダのメインのパゴダがある。どうやら塗り直しの工事中らしく足場が架けられていた。パゴダの途中まで階段があるのが気になる。もしかすると高額の寄進をする人は自分でパゴダに金箔を貼れるのかもしれない。でもたぶん男性のみだろう。

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基礎の上には小さなパゴダが無数に並んでいる。いまは足場でパゴダそのものは見えないが、おそらくシュエダゴンパゴダ型であろう。

基礎の外周には八曜日の礼拝所がある。自分の曜日の礼拝所で跪拝している現地人がいた。

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私の誕生日の礼拝所はパゴダ拝殿の裏側みたいな場所にあった。こちらで簡単に跪拝。

パゴダを拝む場合、パゴダ外周に密着して建てられている仏殿である「パゴダ拝殿(当サイト造語)」の中で拝むのと、誕生日の礼拝所の角度から拝むのと2通りの拝み方がある。両方やるのが面倒ならば、誕生日の礼拝所でだけ拝めばいいだろう。

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このパゴダには長い回廊が2本ある。

最初に通った回廊とは別の回廊に入ってみた。こちらの回廊は色々な建物を結んでいて、その回廊の天井部分には仏教説話を描いた絵が並んでいる。絵の枚数は100枚くらいはありそう。

以下、この回廊に沿って並ぶお堂を紹介していこう。

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過去七仏堂。

仏陀とは悟りを得た者をいい、通常私たちが仏陀といえば釈迦(ゴータマ・シッダルタ)のことである。だが宇宙が誕生してからの長い時間のなかで、釈迦の以前にも多くの仏陀が生まれたと考えられていて、その中で代表的な仏陀が6人いる。釈迦を合わせて7人であり、これらの仏陀を過去七仏と呼ぶ。

仏像の見分け方は特になく、当サイトでは7人いれば過去七仏ということにしている。

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寝釈迦堂。

文字通り、横になっている仏陀の仏像。日本では寝釈迦 = 涅槃仏であり入滅の姿を表わすが、ミャンマーでは単に休憩している姿だったり、横になりながら説法している場面だったりする。方向によって意味が変わり、北向き(北まくら)の寝釈迦が入滅の姿である。

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シンウーパゴ堂。

釈迦の弟子のひとり。僧侶は午後には食事をとることができない戒律がある。午前中に悪魔を成敗していたら昼になってしまい、太陽の角度を確認しながら食事をしている姿といわれる。あるいは、神通力で太陽を呼び戻している場面とも。

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モッガラーナ堂。

釈迦が天国の母親に説法をしに行こうとしたとき、仏敵の提婆達多が差し向けた悪龍が釈迦が天に昇るのを邪魔しようとする。そのとき釈迦の弟子のひとり、目犍連(もっけんれん)(モッガラーナ)が善龍に変身し、2匹の龍が須弥山を巻いて戦ったとされる場面。

ときどき見かけるモチーフなので、今後この仏像は「須弥山(しゅみせん)バトル(ぶつ)」と呼ぼうかと思う。

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托鉢行列仏堂。

スターウォーズの『クローンの逆襲』に登場するドロイドよろしく、同じ仏像が同じポーズで並んでいるという型式の仏像。初めてミャンマーに来た人がこの仏像を見るとまず面食らうと思う。

私もこの型式の意味はよくわかっておらず、行列の先頭は仏陀、後のドロイドたちは弟子だとのこと。そして釈迦の前で自分の身体を投げ出して橋になっているのが、将来仏陀になるであろう良き人だというような話を聞いた。

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四面仏堂。

四角柱の柱に沿って、90度の角度ごとに4体の仏陀が配置される型式。

このお堂の外周にならぶたくさんの仏像は当サイトが過去二十八仏と勝手に決めているもので、有り体にいえば過去七仏の7人の抽出範囲を28人まで拡大したもの。

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シンティワリ堂。

釈迦の弟子のひとり。彼が托鉢にでるとたくさんの寄進が集まった。彼の死後、釈迦の教団が急に大量の食事を準備しなければならなくなったとき、彼の遺品のウチワを托鉢僧に持たせたところ、そのウチワの効力だけで食事のための寄進が得られたという。

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パゴダの回りにはここまでに紹介したようなお堂群が囲んでいて、裏手のほうに行くと、もう誰も参詣していない。これはたいていどの大型パゴダでも似たような傾向がある。

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これはまた過去七仏堂だ。

同じような構成の堂を過剰に配備するから、信徒も飽きちゃうんじゃないのか?

まぁ私は根気よくチェックしているけれど・・・。

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鉄格子が嵌まった細長いお堂があった。

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お寺にこのような鉄格子の嵌まったお堂がときどきある。

この鉄格子は、おさい銭や仏像を盗まれないようにしているのではない。おそらく鉄格子なしよりも、ありのほうがありがたみがアップするからだろうと思う。

このお堂は3区画に分かれていた。

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1区画目は面積が一番広く、中にあるのはおそらく天部の神。

つまり上座部仏教でも、仏陀以外の超人的な存在はあって、それはピュアに天界の神さまとして位置づけられている。神さまは釈迦の物語にも登場し、釈迦よりも上位(あるいは同等?)の超越的な存在である。

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2区画目は神さまがひとりしかいない。

人気なのか、ココヤシやバナナなどたくさんの捧げ物が並んでいる。

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3区画目は面積が狭いのだが、熱心に拝んでいる若い女性がいた。

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3区画目に祀られていたのは、実在していたナッの行者と思われる像。けっこうイケメン。

もしかして女性はこのイケメン仏に恋慕して、願掛けしているのでないのかな。

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この建物は裏面もあり、仏教説話ジオラマ館になっている。

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ジオラマ館には知らない場面が多く、これらが全部わかるようになればミャンマーの寺巡りの楽しさも倍増しそう。

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また寝釈迦があった。

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正直、同じパターンの繰り返しは飽きるので、なにか変化をつけるとかしてほしい。

いま当サイトでは1ページの写真点数を最大30件としているが、このパゴダはとてもそれでは紹介し尽くせないほどの参拝対象がある。全部をちゃんと見ていったら1時間くらいかかりそう。

(2019年03月01日訪問)