東崖線の斜面を利用して富士塚的にしつらえてあるだけである。
こうした自然地形や自然の山を富士山に見立てた富士塚というのもあるのだが、やっぱり個人的にはちょっとひっかかる。
境内の案内板にいわれが書かれているが、この地域は江戸初期に武田信玄の娘に領地として与えられ、寺院と鎮守社としての浅間神社を勧進したものだと考えられている。
ということは、時代的には富士登山の疑似体験の装置としての成立ではない。
石段を登ったところは台地上の平坦地で、そこに小さな社殿がひとつあるだけだった。
神社は富士山の方向を向けて建てられているという。
内部には本殿が納められていた。
水盤。
不思議な形の境内社?
同じようなものがもうひとつあった。
周囲には不思議なキノコが生えていた。
(2026年07月01日訪問)
