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赤坂は中仙道六十九次の五十七番目の宿場町である。すぐ背後の金生山で大理石、石灰を産出し大きな石灰工場もいくつもあるのだが、町の中は宿場町の旧態をよくとどめている。
さて、赤坂宿の歴史にとって最大の出来事といえば皇女和宮降嫁である。和宮降嫁は遠い歴史の一コマというのではなく、赤坂に住む人々のアイデンティティに今でも強い影響を与えている出来事だと言っていいだろう。赤坂宿は和宮の宿泊地となったため事前に徹底的に整備され、見苦しくないようにという理由だけで街道筋のほとんどの家を幕府からの借金で建て替えさえしたのである。これを赤坂の人々は「お嫁入り普請」と呼んでいる。その後まもなく幕府は崩壊したため借金はほとんど帳消しになったそうである。
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