高坂の「都幾川リバーサイドパーク」という運動公園内に橋供養塔があるというので訪れてみたら、河川敷は2019年の水害の堤防補強工事の最中で、ちょっと車を駐車してぶらぶらするという雰囲気ではなかった。
それから数年たって堤防の補強工事も一段落したので再び訪れてみた。
運動公園入口に地図がある。橋供養塔の場所は描かれていないが、⭕️の場所にある。
運動公園内は自動車乗り入れはできないので、駐車場に置いて歩く。
ありがたいことに駐車場からは50mくらいしか離れていない。
文化財の看板があるので橋供養塔はすぐに見つかる。
ただ、、、看板の文字がかすれてほぼ読み取れないのだよね・・・。
やっぱり樹脂はだめだな。
復元するとこんなことが書かれている。
この河川敷は児玉往還の高坂宿から分かれて松山・行田方面への渡しがあった場所で、石橋供養塔は崖線下の用水のほとりにあったのを少し北側に移築したのだという。
供養塔とペアの石橋は高坂用水に架かっている。場所は江戸時代から変わらないが道は消滅している。
狭い橋なので荷車は通れなかったのじゃないかな。
明治初期の地図で場所を確認すると"⇩"の場所が橋である。
移築された橋供養塔。
文字も読みやすく、非常にわかりやすい供養塔だ。
正面には「石橋供養塔」、「普門品一萬巻」、「高坂驛中」の文字。
石橋供養の主尊はいろいろあって定まらない。ここでは馬頭観音が彫られている。
塔は道しるべも兼ねていて、右側面には「作場・早俣道」とある。
左側面には「松山・行田・熊谷道」。
裏面は「元治元年」(幕末)の銘がある。
(2026年07月01日訪問)
