三富の短冊状地割

屋敷、農地、平地林を組み合わせた農村システムの遺構。

(埼玉県三芳町上富)

埼玉県のすごいもの、一番すごいものをたったひとつだけ挙げろと言われたら、私が推したいのが三富新田(さんとめしんでん)だ。

きょう埼玉の県南に来ている目的のひとつが、この三富新田という開拓地村落の地割りを見るためなのである。

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GoogleMaps の衛星写真で関東地方を見ると、川越と所沢の間に周囲と色の違って見える地域がある。それが三富新田を中心とした武蔵野の畑作地帯である。

その中で特に特徴的な地割りをよくとどめているのが地図の赤い点線で示した通称けやき通りだ。

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東京都民だったら「吉祥寺の五日市街道とか、三鷹の連雀通りなんかにこんな感じの場所あるよね~。これぞ武蔵野のハードコア!」って思うはずだ。

その武蔵野の古き良き雰囲気が三富のけやき通りにはとても濃厚に残っているのだ。

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この地域の農地は日本農業遺産に指定されている。

(2023年7月には世界農業遺産に指定された。)

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けやき通りの両側には農家の屋敷が並んでいる。農地はその農家ごとにバックヤードに短冊状に並んでいる。これが武蔵野の開拓地の特徴的な地割りだ。

三富の地割りのすごいところは、その耕作地のさらに背後に平地林のエリアがあり、屋敷→耕作地→平地林が一体となって残っているという点だ。

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図で見ると、1枚の短冊はこんなふうに使われている。

平地林はバイオマスを生産するための場所だ。落ち葉は農地の土地改良に、柴や薪は燃料に使われた。

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現在、平地林は用途がなく、工場などの用地として蚕食されているものの、空撮写真で見るとまだはっきりと帯状の森が確認できる。

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まず、けやき通り側から見ていこう。

その名前の通り、通りにそってけやき並木になっていて、両側にはいまでも農家が多い。

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通りに面した農家の一例。

屋敷にも森があり、季節風を敷設ための防風林にもなっている。かつては家屋の修理用のスギ、ケヤキ、竹などの用材のための樹を植えていた。

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農家背後にある農地。

短冊状というと狭いように感じてしまうが、十分な広さがある。現代では畑の耕耘にトラクターを使うので、細長い圃場のほうが切り返しの回数が少なくなり作業効率がいいはずだ。

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ただ、地表にいるとこの短冊状の地割りの面白さはちょっとわかりにくい。

畑地の長手方向の境界にはチャノキが植えられている。防風のためだという。

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畑地の終わり、ここから左方向が平地林。

コナラ、アカマツなどを中心として植えてあり、落ち葉、柴、薪、などを生産した。

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現在は薪炭林としての用途が失われているため荒れていて、森の中には容易には入れない感じ。

意識の高い人は「落ち葉を集めて堆肥を作ればサスティナブルでいいんじゃない?」などと思うかもしれないが、落ち葉だけでは野菜が必要とする栄養素の種類をすべて生み出すことはできない。かつて農村地帯では、畑に必要な栄養素を集めるのが死活問題で、人の屎尿やイワシなどの有機物を遠方から運んでいた。

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そもそもこの森が管理できていた時代と現代とでは、農業に従事している人口がまったく違うので、森が荒れてしまうのも仕方がない。

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平地林の終わり、つまり屋敷側から見ると裏の道になる。

もしかするとこの森はこれから工場や霊園などになって失われていくかもしれない。それを嘆くよりも、なくなる前に見ておくことだ。

(2022年04月12日訪問)