穴八幡古墳

二重の周濠を持つ方墳。

(埼玉県小川町増尾)

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八幡神社の駐車場に車を置いて、少し歩く。近くにある穴八幡古墳を見学するためだ。

きょうは友人と一緒で、友人は古墳好きなのでこの場所は私から提案。

ちなみに私は「入れる横穴式石室」が好きなだけのニセ古墳ファン。

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この古墳はかなり立派な複室式の横穴式石室があるのだが鉄格子があって中に入れないことは、私は事前に知っていた。

でもきょうは小川町で武蔵野うどんを食べる計画なので、うどん屋に行く前にせっかくだから寄ってみようという趣向である。

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案内板によれば、昭和までは円墳と考えられていたが、丁寧に調べたら方墳だったことがわかったという。

さらに過去に遡ると、江戸前期にこのあたりを耕作しようと開墾しているときに石室が見つかり、開墾が中止されたのだという話が『新編武蔵風土記稿』に残されている。つまり、現在の姿は発掘調査によってくっきりと輪郭が現われているが、江戸時代にはそこに古墳があることさえわからないような景観になっていたということなのだろう。

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こちらが案内図にあった測量図。古墳は南斜面にある。

2段の墳丘の周りに2重の周濠(しゅうぼり)がを巡らせている。周濠も発掘されて地表に露出しているので、そこがこの古墳の見どころといっていいかもしれない。

外堀の南部分は地形が落ち込んでいるため存在していない。

また内堀の南側には土橋のような箇所が作られている。

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年代は埼玉の古墳時代末期、墳丘は一辺が32mで埼玉県の方墳としては最大級。

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巨大な石室と精密な切り石からも末期の古墳だということがわかる。

石室の構造材は緑泥片岩の一枚岩。

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前室の床には、白っぽい川原石が敷き詰められていた。

壁材の緑色と変化を持たせるために、白っぽい石だけを選別して拾い集めたのか。

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西側の内堀。

写真奥のほうを見ると、外堀の一部もわかる。

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内堀の北西角から墳丘を見たところ。

上円下方墳だと言われたら「そうだよね」と思ってしまいそうな形だが、方墳なのだ。

(2026年01月21日訪問)