菅谷館跡

館跡という名前だが、ほぼ平城。

(埼玉県嵐山町菅谷)

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国道245号を通っていると嵐山あたりで「菅谷館跡」という看板が出ているので、ここに館跡があるんだということはずいぶん前から知っていた。

すでに何度か書いているが、私は城跡があまり得意じゃない。あまりにも対象が大きすぎて「手に負えない」のと、現場で私が新たに発見するようなものが残っていない感じがするのだ。

でもきょうは友人が一緒だったので、少し趣向を変えてこの館跡を訪れてみた。

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館のなわばりの中には埼玉県立史跡の博物館がある。

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城跡を歩くまえにまず博物館の展示を見学。

企画展示、常設展示の両方を観たけれけれど、展示はあまり心に響くものはなかった。

県立で建物が大きい割りには展示室は広くなく、まぁ普通の展示だ。

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ホールにあった比企築の城跡一覧みたいなのが一番興味深かった。

ひとつも行ったことがない・・・そして、これからもたぶん行かないだろう。

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あとは鎧の説明とか・・・。

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博物館の南側のドアから外に出るとそこはすでに館跡だ。博物館があるのは三ノ郭にあたる。

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「館跡」という小さそうな印象に反して、ものすごく大きい。これはどう考えても城跡と言ったほうが適切な規模だ。

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漠然と「菅谷館は畠山重忠の館跡」という知識はあったのだが、その後も戦国時代に改造されて現在の形になっているらしいのだ。発掘なども進んでおらずよくわからないらしい。

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これは一ノ郭に入る土橋。

もともと土橋だったのか、あるいは、木橋だったのかはわからない。

堀は空堀だったろうと思うが、幅も深さも充分。

雑木なども刈り払われていてきれいに管理されているから、その形状がとてもよくわかる。

ここから時計回りに城内を一周するつもり。

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ここが一ノ郭。

広い。たぶん1ヘクタール以上はある。

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一ノ郭から南側は都幾川の段丘崖になっている。

一段下がったところに歩道があり、次の南郭へ歩ける。

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南郭には都幾川側から入れる門がある。

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崖線を登ってニノ郭へ。

ここには忠霊塔がある。

西南戦争~太平洋戦争で没した嵐山町出身者を祀るという。

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昭和40年に修復されたもの。

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ひと回りして一ノ郭土橋のあたりまで戻ってきた。

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ここは出桝形土塁といって、土塁が凸型に飛び出している。一ノ郭への土橋を通過する敵に横矢を射掛けるための構造だ。

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西ノ郭に復元木橋というものがあるというので最後に行ってみた。

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これが復元木橋。

木の橋床上に土を載せた土橋だが、欄干は擬木。

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橋脚も擬木だけど、架構方法が木造の橋脚と違うのですごく違和感がある。

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橋桁は側面を丸太でカモフラージュしているけれど、構造としてはH鋼。

なんというか、安っぽい公園にある、安っぽい遊具という感じ。史跡を見に来て、こういうものを観させられるとすごくがっかりする。

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西ノ郭の様子。

城好きの人の評価はわからないが、小さな郭や防御機構があまりなく、個人的には大味な城跡だと感じた。

敷地は広いので、かなり足早に見て回っても30~40分。博物館を20分として少なくとも1時間は必要だ。

(2026年01月21日訪問)