きょうは友人家族と同道。旧新田町で湧水地の社会学習に参加し、そのあと大間々のながめ遊園へ。正式な名前は「ながめ遊園地」らしいが、私は子どものころから「ながめ遊園」あるいは「菊のながめ」として聞かされてきたから、本稿ではなじみのある「ながめ遊園」という表記にする。
まだ私が幼少のころ祖母がよく、「大間々には菊のながめがあってにぎわう」とか「大間々からケーブルカーで赤城山へ登った」とか昔話をしてくれた。だがまったくイメージが湧かず、どこか別宇宙にある大間々の話のようであった。
大学時代に園内にある芝居小屋を見に来たが建物は閉まっていて見られず、無念のまま撤退した。そのとき駐車させてもらった北口前の茶店で、昔は菊を見るために前橋や高崎からも人が来て、臨時電車も出て夜通し賑わったという幻想的な話も聞いた。
似たような話は、徳島県の鴨島町でも聞かされている。鴨島は蚕都と呼ばれるほど製糸が盛んだった場所で、製糸会社の雄、筒井製糸が大正時代に文化事業として菊人形展を始めたものだった。やはり臨時列車がでるほどの人出で、駅から会場までは人にぶつからずに歩けないほどの混雑だったという。
有名な二本松の菊人形も昭和初期に盛んになり、昭和30年台に大規模化して全国的に知られるようになっている。
ここながめ遊園も大正14年に〝料亭ながめ〞が菊の花壇を見せることに始まり、昭和12年には遊園地と芝居小屋へと事業拡大した。時期的には鴨島や二本松と同じだからこのころ菊のブームがあったのだろうか。ながめ遊園の全盛期は昭和30年ごろで菊花大会期間に30万人の来場者があったという。当時の群馬県の人口は160万人だから、菊観賞は当時相当にポピュラーな娯楽だったといえるだろう。
だがその後、客足が減り昭和62年(1987)に閉園。その後町に寄付され、平成9年(1997)年から公園として無料公開されている。
菊花展の開催期間は10月24日~11月23日まで。普段は入場無料だが菊花展の期間だけは入園料が必要になる。きょうは11月20日だから終了直前だが、それなりに客が来ていた。
この写真は『懐かしの群馬100年写真集』をパソコンでカラー化したものではないのよ? 平成のいま、こんな昭和30年代的な娯楽が盛大に続いているということに、ちょっと言葉を失ってしまう・・・。
西口を入ったところに五重塔がある。イベントポスターのメインビジュアルにもなっているので、毎年必ず置かれるのだろう。
後ろにあるのは芝居小屋のながめ余興場。これについては別ページに分けて紹介する。
会場案内図。
図の左が北で、標高は第1会場が低く、第3会場に向けて階段状になっている。
いま西口。これからまず第2会場→第3会場→第1会場の順に巡って、北口から出て高津戸峡まで行くつもり。
朱塗りの太鼓橋に沢山のノボリ。なんだろう、晩秋なのに、この浮ついた、華やいだ雰囲気。
そもそも現代じゃ太鼓橋なんて予算的にもバリアフリー的にも二度と造られることは無いんじゃないかな。
第1会場と第2会場の間には公道が通っていて、まずは太鼓橋を渡って第2会場へ。
第2会場。
いわゆる菊盆栽の展示があった。盆栽のように樹の形に育てた小菊。
「文人作り」というのは、盆栽用語で枝などを少なくしてわびさびを強調した仕立てかた。
いきなり、極まったやつを見てしまった・・・
こちらは「岩付け」、「木付け」という菊盆栽の手法。
岩や古木に添わせて盆栽にしたもの。
菊盆栽については丁寧な説明があった。
勉強になる。
菊盆栽は毎年作り直すものと、越冬させて次の年も使うものがあるというが、展示されている菊を見ただけではよくわからない。いずれにしても何年も楽しめるものではないから、毎年やり直しが必要だろう。はかない盆栽というのが菊盆栽の観賞の基本なのかもしれない。
友人の子どももけっこう真剣に見てるけれど、自分が子どものころはすぐに飽きちゃったと思う。
第2会場には菊人形展示が1ブースあった。
関ヶ原の戦いの一場面か。
菊人形とは、マネキンの衣装を小菊で彩ったものだ。
正直に白状すると、子どものころ初めて菊人形を見たとき「え? 菊は服だけ?」って思ったものだ。
いまになると、逆にそこが味なんだなぁ・・・これがわかるまでに随分時間がかかった。
「懸崖作り」の作品。
摘心を繰り返して枝分かれさせ、左右対称のかまぼこ型に仕立てある。これを「前垂れ型懸崖作り」という。
懸崖作りにはもうひとつ後のほうで紹介する「静岡型懸崖作り」というジャンルもある。
「杉作り」。
クリスマスツリーのように円錐型に仕立てるもの。
小さな五重塔もあった。
昭和の遊園地にミニ五重塔、たまらないなぁ・・・。
「盆養」といジャンル。
1本の苗から3本の枝を出して、それぞれを同時に、大輪の花を咲かせるというもの。
これは数が多い。
いったい何人の愛好家が出展しているのだろう。
このへんも全部盆養かな。
大型の木付け作品。
中央のドーム状のものは「千輪作り」と呼ばれるもので、1本の苗から数百の大輪を咲かせるというもの。
第3会場から第2会場を見おろしたところ。
でも紅葉する山並みをバックに盛大に開催されている「菊のながめ」の風景、これは目に焼き付けておきたい。
昭和中期に始まりいまだ衰えることが無く続く大間々の風物詩。この様子ならすぐすぐに廃れることはなく、おそらく私が死んだあともこの風景は変わらないだろうと思えた。
太鼓橋まで戻ってきた。
あまりにも菊を見過ぎて、この時点ですでに集中力が切れてきている・・・。
芝居小屋の周辺。
富士山型に仕立ててあるが、たぶん黄色い部分は1株ではないと思う。
「遊園地だし、築山が必要だよね」という昭和の感性。
「遊園地だし、トンネルは必須だよね」という昭和の感性。
第1会場は基本的には菊人形がメイン。やっぱり見たいのはこれ。
第2会場にも1点だけ菊人形があったけれど第2会場方面への人流をつくるためなんだろう。
この作品は「薩長同盟」。今年のNHK大河ドラマは福山雅治の『龍馬伝』だったのでそれにちなんだものだ。このブースは毎年大河ドラマの場面が再現されるのかもしれない。
蝶?
菊人形の一種と思うが、マネキンのカシラなどを使わず、100%菊だけで造られた意欲作。
福助。
菊でできた天守閣。
花咲じいさん。
歴史物ばかりだと子どもがつまらないので、毎年1点はおとぎ話由来のブースがあるようだ。
こちらには懸崖作りのもうひとつの流派「静岡型懸崖作り」の作品群がある。
最上部に富士山、懸崖部分は駿河湾を表現しているという。
こういうところにも〝型〞があるというのが興味深い世界だなあ。
背の低い3本仕立ての大菊。
「だるま仕立て」というジャンル。
「大作り」というジャンル。
それぞれ形が違うので、フリースタイルなのか?
様々な型を組み合わせた展示。
背の低い鉢があるが、、もしかしたら「福助作り」というジャンルかも。
「赤富士」。
今回の最大の作品。
北口付近には即売会場もある。
北出口から出て、渡良瀬川にある名勝「高津戸峡」へ向かう。
1度外に出ても半券があれば再入場できる。
会場のすぐ横が渡良瀬川なのだ。
(2010年11月20日訪問)
