宝川温泉に宿泊して翌朝。少し利根の上流地域を観光していくことにした。
まず温泉から近くの藤原地区へ。基本的に現代ではスキー場と民宿街的な場所なのだが、古い民家も多く残る。ダム開発が行なわれる以前は交通の便が悪い秘境で、前九年の役から逃れてきた奥州藤原氏が住んだという落人集落の伝説をもつ土地でもある。
「藤原」という名前は、藤と藁で出来た細工物が利根川に流れてきたのを沼田の人が見て、上流に隠れ里があるのではないかと捜索に来て見つかった村という話もある。
一畝田という字で見かけた茅葺きの民家。
このように屋根を深く切り上げて、屋根裏部屋の全体に採光する屋根の形を「
藤原地区の古民家の多くが兜造りである。
雨戸や壁が破れているのでたぶん人はもう住んでいない。
茅葺き屋根は40年に1回は葺き替えが必要で、だいたい1世代で1度はやらなければならない大仕事だ。
いま住む人もいないとなると、よけいに痛みが早いから、あと20年くらいでこの家はつぶれるかもしれない。
茅葺きの廃屋のとなりの家。こじんまりとした古民家。
藤原は奥州藤原氏の流れを汲むというが、風景までがどことなく東北っぽい。岩手の辺りだといわれれば信じてしまいそう。
積雪地帯では主屋の近くには庭木や塀を立てない。雪で倒れて家に被害がでるからだ。そのため独特の風景になる。
原という字で見かけた民家。
師入という字で見かけた民家。
南側の軒も短く切られていて、妻側にバルコニーとき出し窓がある。2階は養蚕に使われた空間なので、ここから桑の搬入などの作業ができたのかもしれない。
茅葺きの上に桟瓦風の凹凸がある鉄板が被せてある。平成になってから群馬ではけっこう流行っている建材だ。
平側の左には曲がり家のような突き出した納屋がある。
同じく師入の民家。
こちらは妻側にはバルコニーがなく窓だけ。
この家で注目したいのは、玄関が左勝手になっていること。道路が主屋の右側にあるので右勝手のほうが出入りしやすいと考えがちだが、藤原では道路から遠い側に玄関をつけるという風習があるのだ。
関ヶ原という字で見かけた民家。
南側の屋根を突き上げて2階の明かり取りにしている。こうした屋根の切り方を榛名型という。
この家の前の道路は東西に通っているが、家は道路に沿わずにわずかに斜めに建てられている。このように敷地的に可能であっても、主屋を真南に向けないというのも藤原の風習らしい。
山口という字。
藤原らしい景観の場所。藤原では11月中順には初雪があり、12月には雪が根雪になり4月下旬まで残る。つまり1年のうち6ヶ月は雪のある生活なのだ。
かつては燃料や保存食の蓄えなどの雪への備えが生活のかなりを占めていた。
冬場の薪を大量に積み上げている。これを藤原ではマキニュウと呼んでいる。
榛名型の切り上げ屋根の民家。
道路から近くに見える兜屋根。
このページで最初に紹介している茅葺きの家は2014年にはすでに倒壊してしまった。
(2010年10月23日訪問)
