きょうは思いつきで根利に行ってみようと、赤城西面の広域農道をひた走っている。
途中、昭和村の標高の高い開拓地エリアを通過する。畑に植えられているのはコンニャクだ。
道ばたに気になる倉庫のような古い建物があった。屋根の感じなどから昭和の建築だと思われる。
ブロック積み構造で窓がほとんどない。
実は私は2002年ごろから稚蚕飼育所というものを網羅的に見てみようと漠然と考えていたのだが、それがどこにありどんな外観をしているのかがよくわかっていなかった。
ただ、2002年に見かけた物件がブロック造で窓のない建物だったので、この建物も稚蚕飼育所なのではないかと思い当たったのだ。
場所は「赤城原開協前」バス停のすぐ前。
いまは解散してしまった赤城原開拓農協の事務所などがあった場所なのだろう。
このあたりは旧軍の演習場で、終戦後に引き揚げ者などが入植した開拓地だった。まだ重機やトラクターなどもなく人力で開墾していた時代だ。そうした入植者を支援するための組織が開拓農協だった。昭和48年には、開拓事業も安定しその役割を終えている。
建物には名前などが一切書かれていないので、用途は判断できない。
ただ、場所的には近隣に養蚕農家がなさそうなので、稚蚕飼育所ではなさそうだ。
高窓からノーファインダーで覗いた中の様子。
事務所とそこから隔離された衛生的な感じの作業場になっていた。
結局、用途は不明。
ただ、建物の妻側の扉の前にトラックを横付けするプラットホームのような構造があるので、荷積みや荷下ろしをしたのだろうと思う。
断定はできないけれど、集乳所だったのではないだろうか。集乳所とは、乳業会社に出荷する生乳を農家が集めて仮置きするための建物である。
道路の反対側にも農具倉庫のようなものがあった。
(2006年09月09日訪問)
