甘楽町秋畑の那須地区は、見渡しのよい南斜面に家々が
点在する美しい村だ。その様子は以前にも紹介した。
実はそのとき、弘法の井戸という湧水を探したのが見つ けることができなかった。2012年の秋、あらためて弘 法井戸を探しに出かけた。
井戸はなかなか見つからず、集落内をぐるぐると何度も 回るはめになってしまった。そのときに見かけた大日堂 というお堂を紹介しよう。
大日堂へと至る道。
那須地区が斜面の村だということがよくわかる。
お堂は墓地の中にあった。
これが大日堂の全景だ。内部はがらんどうで床がなく、開け放ち。
どのような機能があるのか想像しにくい。このような堂の一般名称は不明なので、当サイトでは「野辺堂」と呼ぶことにしている。
大日堂といっても、仏像は祀られておらず、奥にある棚 のようなところに幣束が置かれているだけである。
「大日堂 祝神 新築落成 平成四年十二月六日」とある。
構造的には安中市の自性寺で見た釈迦堂を彷彿とさせる。自性寺の釈迦堂には野道具が置かれていたので、葬送に関連した堂であったことは確かだ。この堂も、似た構造であることから葬送にかかわるものなのではないかというのが私の推理である。
周囲は墓地になっている。
比較的新しい墓は、凝灰岩っぽい石でできていて、蓮台 の上に載っている。墓碑銘は夫婦の連名。
気になるのが、この緑泥片岩でできたいびつな墓石群。墓石の形がまちまちなだけでなく、掘っ立てになっている。埋葬は土葬だったろう。
墓碑のまわりには石が並べてあるだけの素朴な墓で、これぞ死者のいる場所」という感じの墓所だ。
緑泥片岩の墓石の近影。「天保」の文字が見える。江戸末期の墓だ。
変成岩は固いうえに剥離しやすいので、あまり精巧な彫り込みはできない。それゆえ、自然の石の形のまま使われているのだろう。
片隅に、やけに丁寧に線香や花がたむけられている古い墓石があった。
誰か特定の先祖を弔うものではなく、神格化して何らか の祈願の対象になっているのではないだろうか。たとえば、病気が治るとか。
緑泥片岩を掘って作ったユニークな馬頭観音があった。
那須地区はいまソバ畑で町おこしをしているので、花が 咲くころには人出でにぎわうのだろう。
このときはもう花が終わり、観光客はだれもいなかった。
(2012年10月19日訪問)
民俗小事典死と葬送
単行本 – 2005/12/1
新谷 尚紀 (編集), 関沢 まゆみ (編集)
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