千駄木岩陰遺跡

縄文時代の狩人のベースキャンプだったのだろうか。

(群馬県安中市松井田町西野牧)

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いま群馬県の碓氷地方から軽井沢へ抜ける峠道は、碓氷峠と入山峠がある。100年のスパンでみたら、時代によって主流となるルートは何度も移り変わってきた。現代の主流は、上信越自動車道だから入山ルート時代の最中といえる。

その入山ルートの旧道を通ってみたら、途中に岩陰遺跡の案内板があった。岩陰遺跡とは、洞窟の入口のような雨をしのげる場所で古代人が生活した痕跡だ。ここでは、石器や動物の骨が出土しているという。

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縄文人が狩りのときのベースキャンプとして滞在した跡ではないかと考えられているようだが、1万年の歴史のなかでは、10年、20年という単位でムラが成立した期間もあったかもしれない。実際、現代でもこの周りには集落があって、人が暮しているのだから、縄文人も容易に居住できただろう。

おそらく長い歴史の中で人間は何度もこの山に住み着いたり、撤退したりしてきたはずだ。

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近くのクリ畑に熊棚ができていた。熊棚とはツキノワグマが樹に登って餌を食べた痕跡である。この村では、熊が集落の中で農作物を食べても、それを止めることができないのだ。

現代、つまり21世紀の前半は、人間が森や動物の力に負けて山間地から押し戻されている時代と解釈できるだろう。

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こんな道ばたの樹にも熊棚ができている。

(2010年01月23日訪問)