前橋桂萱(かいがや)農協人工飼育センター。実は、この飼育所も、稚蚕飼育所巡りの初日の夕方に訪れていたのだが、早朝からの移動で疲れていて、「人工飼育センターは、もういい、パス!」という感じで写真などは撮らなかったのであった。
それから5年経った2012年2月。私は稚蚕飼育所についての知識も増え、蚕糸業事情に詳しくもなり、「もはや人工飼育センターといえども記録していかなければダメだ」と考えるようになっていた。
この前年ごろから、群馬県では遺伝子組み換え蚕の大規模飼育の研究が始まっていた。遺伝子組み換え生物を飼育するにはカルタヘナ法という法律にもとづいて、環境への拡散を防止した飼育環境を確保しなければならない。稚蚕飼育所はもともと外界の病原を遮断するためのクリーンルームになっていたことから、遺伝子組み換え蚕の飼育設備として再利用することになったのだ。
2012年の2月、見学会があったので参加することにした。もちろん、目当ては稚蚕飼育所の内部の見学だ。
他の見学者たちと一緒に見て回ったので、あまり執拗に観察できなかったのだが、内部構造はだいたい上図のようになっていたと思う。(多少あいまいなところもあるが、想像で補った。)
ピンクの矢印が、作業者が出勤してから飼育室へ入るまでの経路である。以後の写真はこの順路に沿って説明してく。
最初にあるのが休憩室。おそらく作業者が昼食をとったりするのもここだろうと思う。
稚蚕飼育の作業は午前、午後に及ぶことが多いので、通常は更衣室を抜けた先に休憩室があるのだが、この飼育所は更衣室の手前に休憩室があった。これでは昼食のたびに着替えて外に出なければならず、面倒だったのではないか。ただ、防疫の面ではその方が正解なのかもしれないが。
休憩室から廊下に出る。
右側の扉は機械室。
左側の2つの扉は、男女の更衣室への入口である。
更衣室の第1室。
碓氷安中農協では、この部屋は床があり脱衣ロッカーが設置されていたが、この飼育所ではスノコがあるだけのモルタルの床だった。ここで長靴に履き替えて次の部屋に進むようだった。
これだと、脱いだ服は掛けておくしかないので、使いにくそうだ。
更衣室の第2室。
シャワーがある。ここで足を洗ったはずである。また、宿直の担当者がシャワーを使うこともあったろう。
なお現在の遺伝子組み換え蚕の飼育のパートさんはここで頭髪を洗う決まりだという。
更衣室の第3室。
第1室と同じような部屋がまたある。
ここで長靴に履き替えていたのではないかと思う。
更衣室を出ると、狭い廊下。
突き当たりにある流しで、手の消毒をしたのではないだろうか。
この廊下にはほかにトイレがあって、作業中に外にでなくても使うことができる。
トイレの中。作業中の緊急用のものなので、規模は小さい。
廊下の先には、消毒槽がある。
ここで長靴を消毒する。
消毒槽の先にまたドアがあり、やっと作業室へ入ることができる。
作業室の様子は、以前、碓氷安中の飼育所で紹介したのと良く似ている。チウオウの螺旋循環式蚕箔が1レーン。ここに回転寿司のように蚕箔が流れてきて、作業者は給餌や拡座をする。
見えているのは10枚程度だが、この壁の奥に蚕箔を立体的に格納した飼育室があり、全体的には1,000枚の蚕箔が収納されている。
今回は飼育をしていない期間だったので飼育室も見学できた。加温はされていないのでレンズが曇るということはないが、ホルマリン消毒の残留のせいで目が痛い。
左の壁の向こうは作業室。写真左奥に作業室に送り出されるレールが2本見えている。
この飼育所では昭和62年から運用が開始され、年4回(春、夏、初秋、晩秋)の稚蚕飼育を行ったという。
稚蚕飼育所だったころ、蚕箔1枚では1万5千頭の蚕を3齢まで飼育できたそうだ。それ以前、2万頭強(1箱)を2齢まで飼育した時期もあった。
現在の遺伝子組み換え蚕は5齢まで飼うことになるため、蚕箔1枚に5百頭の蚕しか飼うことができない。
その他の設備を見ていこう。
この消毒液のトラップをくぐらせて、人工飼料を搬入する。
遺伝子組み換え蚕は、全齢人工飼料飼育なので、この設備は必要だ。
飼料搬入口のすぐ隣は、保冷庫になっている。
配蚕準備室。名前は私が勝手につけたのだが、碓氷安中の飼育所でもらったパンフレットでは「飼育前室」とも書かれていた。ただし、碓氷安中の飼育所では「飼育前室」は廊下のような狭い空間だったが、この飼育所ではあきらかに部屋と呼べるほど広い空間が確保されているのが特徴的だ。
いまは何も置かれていないが、おそらく、配蚕のためのコンテナがここにたくさん積まれていたのだろうと思う。
配蚕準備室のシャッターを開けると、外界である。
洗濯室と乾燥室。
平面図を見てもわかるとおり、更衣室を抜けた先にあり、建物の中心部になるため窓はない。
ここまでで、飼育室を中心とした内部の設備について一通り紹介できた。
ここからは、更衣室の外側の設備の紹介。
機械空調室。
碓氷安中の飼育所では見ることができなかったのだが、この飼育所では機械室も見学できた。
外部の空気はフィルターを通して、飼育室内に送られる。
休憩室の横のトイレ。ここは充分な数の便座がある。
現在、この飼育所では10名のパートさんが働いているそうだ。
休憩室に戻ってきた。
奥の引き違い戸の先は宿泊室。
この写真のストーブは、「養蚕ストーブ」と呼ばれるもので、空調などが普及する以前には蚕室を暖めるのに使われた、いわばアンティークである。
休憩室の壁には、迦葉山弥勒寺のお札が貼られている。群馬県の養蚕農家は、迦葉山にお参りしてお札を受けてくることが多いようだ。
ちなみに現在でも迦葉山では養蚕のお札を発行している。護符売り場には並んでいないのだが、言えば出してもらえるのだ。
宿泊室。
休憩室とは引き戸1枚へだてているだけなので、飼育長さんもあまり散らかしてはおけなかったろう。
(2012年02月15日訪問)
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