東光寺。仙台市の北東の外れ、隣町の利府町との境界に近い地域にある。寺の背後は高森山という自然丘陵。寺は高森山の南東の尾根が七北田川という大きな川に落ち込む場所にある。
寺の前には今市橋という橋が架かっていて、橋を渡った突き当たりが寺の参道だ。黄色い築地塀や辻堂が寺の存在感を高めている。
大都市仙台もこのあたりまでくるとかなり広々とした景観が展開する。
川が山の尾根を洗う崖の上に鐘堂がそびえる。
寺の全景や周囲の環境が特徴的なので、こういう寺は記憶に残りやすい。
参道の入り口にある辻堂は磨崖仏の覆い堂である。地蔵菩薩のような雰囲気のものが彫られているが風化のため原形はとどめていない。
参道の途中には地蔵菩薩と木製の後生車が三本。(うち一本は車の部分から欠け落ちている。)
車輪が薄くて大きいことや、車軸が長くつき出している構造は前回の旅で見た願成寺の後生車とよく似ている。地域的にも近いので、この地方の後生車の特徴なのかもしれない。
山門は門扉のない高麗門。
高麗門というのは棟門の一種で、本柱と控え柱の間に小さな屋根をかけた形式の門である。
門の左に向かって付いている小屋根がそうだ。この小屋根は、門を開いたときに門扉が雨にあたらないように収納するためのものだから、高麗門には本来は門扉があるものなのだ。そして門扉があるということは、高麗門が物理的に外部と遮断するための門だということを意味している。
したがって高麗門は塀なり垣なりの一部に設置されるのが普通であり、このように開放的な位置にあるのは珍しい。
山門を入って正面には本堂。
向拝が正面からややずれて付いているのは曹洞宗寺院の本堂によくあるパターン。
本堂の左手前(写真で木陰になって見えにくい部分)には聖徳太子堂。
本堂の右側には玄関、庫裏、幼稚園舎。
境内には他に水盤舎。
鐘堂の脇には裏山の墓地へ登る急な舗装道路がある。
東光寺の裏山には磨崖仏があるということなのでこの道を行くのであろう。どのくらい登るのかまったく見当もつかないので車で道を登ってみた。
いくらも登らないうちに墓地の駐車場に到着し、その脇に磨崖仏はあった。
入り口には鉄格子がはめられていたが錠がかかっていなかったのはうれしい。
磨崖仏は、四角くえぐられた部屋のような横穴の三面に彫られている。石仏の肩から上の部分は水気を含みやすい地層のようで下半身に比べると風化も進んでいる。写真でもハッキリと色が違っているのが見て取れる。
横穴は2つあり、左側の穴は全体的に摩滅が激しく、ほとんどシルエットのようになってしまっている。
これらの磨崖仏は慈覚大師(平安時代の天台僧)が彫ったものだという伝説があるそうだ。どれも素朴な像だが、風化の具合が星霜を感じさせてくれる味わい深い磨崖仏であった。
(2001年09月24日訪問)