遠野物語

文学作品が地域を物語の舞台として磨き上げた。

(岩手県遠野市青笹町糠前30地割)

遠野市について語るとき、どうしても「遠野物語」について触れないわけにはいかない。「遠野物語」を知らない人もいるだろうから簡単に説明しておく。「遠野物語」とは柳田国男という学者が明治時代に書いた伝説集である。内容は民俗学の論文ではなく、一般的な読者を対象にした読み物である。(…といっても、オリジナルは文語体で書かれているので、現代の一般読者が読むとしたら口語訳がお勧め。)「遠野物語」本編に119話、続編の「遠野物語拾遺」に299話を収録している。

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「遠野物語」の中には、河童、山姥、座敷童、神隠し等の怪異の物語が多く、その多くが明治以降に起きたこととされ、早池峰山、猿ケ石川などの具体的な地名を織り交ぜて語られるところに魅力がある。

だが「遠野物語」に語られる物語の多くは、普遍的・一般的な伝説であり、率直に言って日本中どこの町や村にもあるようなものだ。しかし、遠野の町全体が明治以降90年に渡って「遠野物語」という文学作品によって磨き上げられた結果、あたかも何の変哲もない原石が宝石に変化するように、他所では感じられない洗練された、わかりやすい土俗性を身に付けた町へと変貌したのである。

遠野の宿を出て最初の訪問地へ向かうとき、朝霧にかすむ小さな社や、自然木を組みあわせたようなゆがんだ鳥居を見て、はずかしながら私の胸はおどっていた。

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遠野というのはそういう特別なところで、誰が訪れても容易に物語の世界に触れることができる不思議な土地なのだ。

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遠野の主産業は観光を別とすれば、農林業である。水田が目立つ。

佐々木喜善(ささききぜん:遠野物語の話者)の生家方面に向かうときに見かけた火の見櫓。

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集落の集会場に建てられている。太い鉄骨の3本の柱で構造を支えていて、力強いシルエットを見せていた。遠野方面では同様の火の見を他でも見かけた。

(2000年10月07日訪問)