邑久町へ向かう途上、道路地図を見ていたら、おそらく塩田の跡であろうと思われる広大な荒れ地があった。
行ってみたが何か観賞できるようなものもなさそう。どうしたらいいのかわからないが一応写真を撮っておくか・・・。
とにかく荒れ地としか言いようがない。
あとで調べてみたら、ここは錦海塩田という塩田の跡地ということだった。
江戸時代から入浜式塩田があったが、昭和31年(1956)に湾を閉め切って干拓を開始、昭和34年から流下式塩田として操業を開始した。面積は500ヘクタールほどあり、かつては東洋一の塩田といわれていたという。
だがすぐに時代はイオン交換膜方式の製塩に変わり、塩田としては10年しか使われなかったという。
いわゆるイオン交換膜式のプラントなのだろう。
食品なのか工業用なのか、あるいは、他の薬品に利用されるのか、製塩については何の知識もないのでさっぱりわからない。
あとあと考えたら、もっと丁寧に見て回って写真を撮っておくべきだった・・・。
この広大な荒れ地はその後産業廃棄物の処理場が計画されたが頓挫し、現在は太陽光発電所となっている。
(2001年04月30日訪問)
