覚王山八十八ヶ所霊場

かつての里山に点在する霊場。必見スポット。

(愛知県名古屋市千種区法王町1丁目)

今回の旅の最大の目的は、覚王山の八十八ヶ所霊場巡りである。

一般に写し霊場は、例えば奥多摩八十八番とか越後八十八番というように一つの県、もしくはそれに近い広い範囲に分散した八十八ヶの寺院に割り当てられるのが普通である。またミニマムなものでは一つの寺の境内にお砂踏み霊場という形式で石仏や小祠が並んでいる場合もある。しかしこの覚王山の八十八番はちょっと変わっている。覚王山の八十八番は1坪から4坪くらいの小堂が総延長5キロ程の道のりに分散しているのである。

私は今のところ、ここに類する形態の霊場を他に知らない。21日の縁日には一つ一つの堂におばちゃん達がこもり、ご詠歌を上げたり、参詣する人をもてなしたりする。今日のお目当てはこの八十八番の霊場を完歩することなのだ。

なお、ここから先は地図を見ながら読み進んでいただきたい。

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霊場の堂は千種区の日泰寺周辺から自由ケ丘方面に点在しているのだが、日泰寺が管理しているわけでもなくそれを一括して管理している機構はないようだ。あくまでも地元の人々の自主的な管理により運営されているものと思われる。

私は何度かこの八十八番を巡ろうと思って日泰寺などで尋ねてみたが、「あれはうちがやっているのじゃないので、うちに聞かれても困る。」などとにべもない返事が返ってくるだけだった。堂の中にいたおばちゃんに何処に何番の札所があるのかと尋ねても、他の堂がどうなっているのか把握はしていないようだった。

この付近は昔はうっそうとした山であったと思われるが、宅地開発、道路拡幅、埋め立て、区画整理などにより札所成立当初とはかなり地形が変わってきており、そのたびに札所の移転が繰り返されたため、順番も入れ替わっている場所が多く非常に分かりにくくなっている。

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スタート地点付近(地図Aエリア)の札所。Aエリアは表参道に面していて、分かりやすい場所にある。千体地蔵堂の裏手にあたる。

1番札所。

おばあちゃんたちがお篭りをしていて、お茶の接待があある。

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玄関を開放して巡礼者を接待している家もある。

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Aエリアには1番から4番までの札所がある。

比較的堂の作りも立派であり、順番に並んでいるので容易に参詣できる。ここを見ただけならば八十八番の完歩も比較的容易なのではと思えてくるが、実際にはこのようにきれいに並んでいる場所は例外で、堂を探しながらのオリエンテーリング的な参詣となる。

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Aエリアの札所で売られていた民間薬。

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Aエリアを出たら北西に坂を下り、Bエリアへと向かおう。

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第5番札所。

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Bエリアの入り口付近。

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Bエリアは日泰寺裏の駐車場から日泰寺の境内に行く道の途中でもあるため、立ち寄る参拝客も多く、多くの堂が開いていて接待をしている。

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現在姫池(ひめがいけ)通りと呼ばれている4車線の道路は霊場創立当初にはなく、日泰寺と奉安塔の間には姫ケ池という大きな沼があるばかりであった。その沼の南側に点在していた5番から23番までの札所を移転して一つの敷地に集めたのが現在のBエリアである。

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現在のBエリアには5~23番だけでなく、区画整理のために移転してきた60番台や80番台の札所もあり、建築様式もまちまちで渾沌とした地域となっている。

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ある意味ではその混乱ぶりがBエリアの魅力でもあり、他のエリアには見られないような活気に結びついている。

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Bエリアを見たら、いったんHエリア方向に歩いて、そこから姫池通りを横断してCエリアに向かおう。Hエリアは最後の札所であり、ここではまだ立ち寄らない。

姫池通りを奉安塔前の駐車場を過ぎると、道端に小さな弁天池がある。この池は霊場設立当時から残る旧跡だ。池の横の西蓮寺の境内を通らせてもらい、裏の墓地方面へ抜けるとCエリアである。

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奉安塔前付近にはかつて24~36番があったが、道路拡幅のため今は31~33番があるだけである。

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札所の名残と思われる朽ちかけた堂が随所にあり、ちょっと紛らわしいエリアだ。

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次のDエリアは、いわゆる1号墓地と呼ばれる霊園の敷地内にある。市立商業高校の北側にあたる。かつて37番~56番があったエリアだ。Cエリアからは車通りの坂を上り、霊園入口のY字路を右に入ればよい。

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霊園内は見通しもきくし、霊園の外周を時計の反対回りに廻れば迷わずに参詣できる。

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ところで、一般に仏教の参拝方法は時計回りである。覚王山八十八番は設立当初から逆の方向に廻るようになっていたようだ。なにか理由があるのだろうか。

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1号墓地を一周したら、大心寺の前を通り、Eエリアへと向かう。ここには57番から60番があり、その配列は設立当時と同じである。(写真はEエリア57番札所)

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設立当時、現在の姫ケ池から自由ケ丘へ通じる2車線の道路はなく、奉安塔の裏を通る細道が主要道路だったようだ。この細道は現在でも寂しいような道で、当時の面影をしのぶことができる。

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奉安塔北側の道を進むとFエリアに至る。

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ここは移転した堂が2列にひしめくように並んでいる霊場の密集地帯である。堂はどれも同じような大きさで、団地の様に並んでいる。

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ここは設立当時には61番~66番があった地域だが、現在は霊園の造成などによりやや位置がずらされ、霊園北側の空き地に18宇の小堂が集められている。

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現在並んでいる札所は20番台、30番台、50番台、60番台に及んでいて、随所から移転してきていることがうかがえる。

写真は65番の化粧観音。

Fエリアの札所の団地を過ぎたら、霊園の北門から霊園内に入り、奉安塔の裏側を進もう。

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Gエリアは、奉安塔の北側から、奉安塔の西側の忠霊塔付近にまばらに並んでいる。

かつてこのエリアには、67番~81番が奉安塔を取り囲むように並んでいたらしい。しかし二号墓地の整地により移転を余儀なくされ、現在は北側の塀に沿って並んでいる。

このエリアを見たら、奉安塔の西側の林の中を進んで、姫池通りに戻ろう。

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姫池通りを再び渡り、日泰寺の北側に戻る。ここが最後の札所Hエリアだ。現在、ここには83番~85番の札所がある。

かつては、姫ケ池の北側に流れ込む川を渡り、日泰寺の北側から西側にかけて82番から88番までが点在していた。現在は日泰寺の西側には札所は存在しない。

このHエリアを見て、覚王山の八十八番は満願を迎える。

今回念願かなって、覚王山の八十八番を完歩することができた。しかし、到着が昼過ぎになってしまったため、札所の多くは店を畳んでしまっていて、いくつの霊場が現在も接待活動を行なっているかは確認することができなかった。(14時頃にはほとんどの札所は閉じられていた。)また、順番の入れ替わっている札所も多く、本当に八十八ヶ所の霊場が今でも存在するのか、確認できたわけではない。

覚王山には見どころも多く、いずれまた訪れることもあるだろう。そのときはぜひ八十八番の全札所の存在を確認したいと思っている。

(1999年11月21日訪問)

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