池田撚糸

合撚機を使って座繰糸のカバーリングも手がけた。

(群馬県前橋市平和町2丁目)

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池田撚糸は、2010年まで操業していたという撚糸工場だ。

表通りから路地を入ったところにあるため、簡単には見つけにくい工場だった。

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だが最近、隣の家が更地になったので、建屋の全体が見えるようになった。

越屋根を載せた外観は、小さいながら繊維工場の風格が十分である。「糸の町」と呼ばれた前橋の往事の姿を留める貴重な建物だろう。

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いまでも表札は撚糸工場のままになっている。

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お願いして中の様子を見せていただいた。

ほんの数年前まで操業していたのだ。もう少し早く訪れていれば、工場が動いているところを見れたのである。

前橋市内の絹産業を調べるのは、どうも十年遅かったようだ。

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敷地にはジュラルミン製のボビン(糸巻き)が無数に置かれていた。このボビンのように、両端にツバがついたボビンは「久保田」や「須賀」というメーカーで製造されていたものだと聞いたことがある。

もう製造されていないうえ、廃業した工場の機械類は中国に輸出されることが多いため、手に入りにくくなっているタイプのボビンである。

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見せていただいた機械に付いていたコーションプレート。「撚糸機 準備機 久保田兄弟鉄工所」とあるのが、いわゆる「久保田」の正式な会社名なのだろう。

「準備機」とは、撚糸機に糸をセットするために、ボビンに糸を巻く機械類のことである。

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これは、綛繰り機(かせくりき)

生糸を「(かせ)」という荷姿から、ボビンに巻き直す機械だ。

一部解体されているのではっきりとはわからないが、上部に綛をセットし、下部のボビンに巻き取ったのだろう。

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綛は糸をひねって梱包したものなので、そのままでは機械的に引き出すことができない。まずこの「綛車」という枠にかぶせることで、回転させて糸を引き出すことができるようになる。

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この機械すべてに綛車が取り付けられて回っているところを見てみたかった。

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これは合糸機ではないかと思う。

というのも、「ドロッパ」という糸切れを検知する部品が1錘につき4個付いているのだ。ということは1工程で4本の糸を合糸できたのだろう。

やはり一部解体されているので、どのように動作するのかはよくわからなかった。

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これはイタリー撚糸機。坪内撚糸でも見た機械だ。

上下二段、かつ、表裏にボビンがセットされるので、大量生産に向いた機械である。

糸に撚りをかける方法は、右回り、左回りの違いで「S撚り」と「Z撚り」という種別がある。上下で逆の撚りを同時にかけることができたという。

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イタリー撚糸機は、たくさんのボビンをベルトで高速回転させる。そのときローラーに対してベルトの張力が均一になるように軌道がカーブしているのが外観上の特徴だ。

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これはリング撚糸機。

合糸と撚糸を同時にこなす機械である。使い方次第で複雑な仕様の糸を作れる。

池田撚糸でも、廃業する直前にはこのリング撚糸機で座繰糸のカバーリングをしていたという。カバーリングは、坪内撚糸のページでも紹介したが、芯になる糸のまわりに他の糸をまきつける加工だ。

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リング撚糸機は、本来は合糸しながら同時に撚るためのものである。

だが、一度撚った糸を逆回転で撚り戻すといった操作を組み合わせることで、カバーリング機と似たような糸を作ることもできたという。

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メーカーは「久保田鉄工所」。先の「久保田兄弟鉄工所」と同じメーカーであろうか。コーションプレートに「ISESAKI」とあるので関東で作られた機械のようだ。

写真は撚数表で、「"DTA"型久保田式合撚機」とある。ギアの組み合わせで、撚り回数を変えるための早見表である。最小の撚りは38回/m、最大の撚りは1,465回/mである。一般にリング撚糸機は強撚(1,000回/m以上)には向かないとされている。スペック上は設定できたとしても、うまく撚れたかどうかはわからない。

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この機械も解体が進んでいて、「リング撚糸機」の名の由来ともなったリング部品は取り外されてしまっていた。

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これがその部品。

リング(上)とスピンドル(下)。

スピンドルとはボビンを刺す心棒で、ベアリングで軸を回転させる部品だ。私が以前住んでいた徳島県の県西には「阿波スピンドル」という有名なスピンドルメーカーがあり、多くの撚糸機がそのメーカーのスピンドルを採用していた。

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撚糸屋さんから次の工場に糸を出すときには、ふたたびボビンから(かせ)の荷姿に巻き直さなければならない。

それには揚返機という機械を使う。揚返器は他の工場にもらわれていって改造されて使われているという。揚返器に取り付ける糸枠が天井からたくさん下がっていた。

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これは糸専用の脱水機。

坪内撚糸では家庭用洗濯機を使っていたが、池田撚糸の脱水機は、繊維用の産業機械だ。

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小屋には太い梁が使われていて、2014年の豪雪にも耐えることができた。この姿はぜひ目に焼き付けておきたいものだ。

見学させてくださった池田撚糸さん、ありがとうございました。

(2014年08月30日訪問)