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案内の説明によれば、この石仏はもともと「石薬師」と呼ばれていた。小野小町が京都から故郷の出羽の国へ帰る途中、このあたりで病気になり庵をむすんだ。
あるとき、小町の夢まくらに不動明王が立って、石薬師に千日の願を掛け、堂の近くの冷泉で水垢離せよ、と告げた。小町はそのとおりに千日の修行をしたが、病気は快癒せず、恨めしく思って次のような歌をよんだ。「南無薬師 まづは所願の叶わずば 身より仏の名こそ惜しけれ」
すると、その夜小町の夢に薬師如来が現われ、「むら雨は ただ一時のものぞかし 己がみのがさ ここに脱ぎおけ」と歌を返した。小町が目覚めると、病気は全快していたという。小町はお礼に石薬師に塩を供えて、再び故郷へ向け旅立ったという。「おのがみのがさ」は「蓑笠」と「身の瘡」をかけたものだろうか。「瘡」とは疱瘡のことだ。
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