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これで、碓氷方面の飼育所巡りの2日目はおしまいである。2日目では、これまではっきりとわからなかった空調大部屋方式の飼育所の内部を見ることが出来たのが大きな収穫だ。
また、九十九川の上流地域には、土室電床育の建物が多く残っているというのに驚かされた。土室電床育は土室育を改装したものだから、建物が建てられた年代は古いと考えてよい。赤城南面では土室電床育ほとんど見ることができなかったのが嘘のようだ。
このことが何を意味しているのかはまだわからないが、次のような仮説をたててみた。
碓氷方面では稚蚕共同飼育への取り組みが早く、他の地域ではそれより数年遅く普及したため、様式が異っている。
ブロック電床育は赤城南面の宮城村で発明され、その地域を中心に伝播したために距離が離れるにしたがって密度が減っていく。
碓氷方面の人々は物持ちがよく、古い建物を壊さずに再利用する傾向があった。
軽石ブロックが手に入りやすい地域とそうでない地域があった。
真相はいつかわかるときが来るのだろうか。
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