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広島の仏殿と屋根付橋(2日目)

忠海町の背後に屏風のようにそびえる山岳霊場白滝山・黒滝山を登り、旧軍の毒ガス工場があった大久野島へ渡った。

 
   
広域地図

2日目の目標は山岳霊場、白滝山、黒滝山に参詣することと、瀬戸内海の島大久野島を見学することだ。

私はいつもその日にどこまで行くかは決めずに気の向くままに観光しているのだが、島の見学は船の時間があるので気ままというわけにはいかない。少なくとも午後の明るい時間には島に上陸する必要がある。

とは言っても、実は私は大久野島のことはあまり下調べしていなかった。そもそも島に車を持っていけるのかどうか、車を持っていく必要があるのかどうかさえも現地に着くまで知らなかったのだ。

結論から言えば大久野島は車を持っていくような場所ではなかったのだが、港へ着くまで私は内心ではフェリーで車を運ぶつもりでいた。前日の行程の疲れが残っていたうえ、白滝山、黒滝山の参詣で相当足にきていたからだ。

連絡船の切符売り場では、島のホテルに宿泊する家族連れや若者たちがあふれていて、旧軍施設の廃虚の写真を撮りに行くような不届き者はどうやら私ひとりだけのようだった。しかもその私の姿は、白滝山、黒滝山の山登りのおかげで、服を着て海に飛び込んだのではないかというくらい汗で濡れそぼって、筋肉痛のために歩く姿はどう見てもゾンビである。リゾートへ向かう連絡船の中で、私は明らかに浮いていた。せめて少しでも周囲のムードに溶け込もうと買ったばかりのアロハシャツに着替え、身軽になるためカバンなどをすべて車に残してカメラだけを持って連絡船に乗ったのだった。

大久野島はおそらく健康な状態であれば「ちょっとした散歩」という程度で一周できる広さだろうと思う。だがこのときの私は、数歩足を前に出すのにも躊躇するほどの疲労状態で、島の一周や砲台跡を探しての山登りはとほうもなく遠い道のりに感じられた。シャツはまたすぐに汗でぐっしょりになり、脱いで写真を撮っているうちに廃虚の中に置き忘れてしまった。気付いたとき数百m戻ればシャツを回収できたのだが、わずか数百mを歩いて戻ることができずに置いてくるしかなかった、というのがこの島の思い出である。

私の旅の体験でこの日よりキツかったのは、富士山頂日帰り登山というのがある。いずれももう一度体験することは考えたくないような記憶だ。でもあとになってふり返ると、キツかった旅ほどかけがえのない思い出にもなっているのも事実なのだ。

宗光寺(三原市本町3丁目)巨大な四脚門は国重文。錣屋根の本堂、禅堂がある。

明真寺(三原市本町3丁目)キリスト教会を思わせる幼稚園がある。

大島神社(三原市本町3丁目)拝殿は千鳥破風向拝とでも言えばよいか。

妙正寺(三原市本町2丁目)裳階付き本堂と竜宮型鐘堂、三原の寺の集大成のような伽藍。

成就寺(三原市本町2丁目)お授け地蔵はあられもない石仏。門前に塔頭がある。

金比羅神社(三原市本町2丁目)なかなか見ることができない進行形の廃神社。

正法寺(三原市本町3丁目)市街地の路地を引っ込んだところにある寺。

米山寺(三原市沼田東町納所)かつて七堂伽藍を有する巨大寺院だったといい、いまも末寺が残る。

日光寺(三原市沼田東町納所)米山寺のただひとつ残った子院。

納所の水車小屋(三原市沼田東町納所)水の便の悪そうな場所に置かれた水車小屋。

楽音寺(三原市本郷町南方)本堂は室町ふうの建築で県重文。

東禅寺(三原市本郷町南方)十一面観音や四天王などの仏像が見どころ。

龍泉寺(三原市小泉町)白滝山の山頂を占める寺。磨崖仏がある。

石鎚神社(竹原市忠海町)黒滝山の山頂を占める神社。

海蔵寺(竹原市忠海中町3丁目)壮大な石垣のうえに建つ小さな本堂。

大久野島・発電所跡(竹原市忠海町)ツタに被われた美しい廃虚。

大久野島・砲台跡(竹原市忠海町)明治時代のレンガ造りの掩蔽部がたくさん残っている。

大久野島・毒ガス工場跡(竹原市忠海町)巨大な毒ガス貯蔵施設の跡はまるで神殿のようだった。

大久野島のウサギ(竹原市忠海町)島南部の平地部分で見かけたがあまり人懐こくはなかった。

誓念寺(竹原市忠海中町4丁目)境内にある観音堂はもしかしたら藩校の遺構か。

地蔵院(竹原市忠海中町4丁目)背後に黒滝山を背負った景観は雄大。

西養寺(竹原市忠海中町3丁目)境内は狭いが見事な這松がある。

忠海八幡神社(竹原市忠海中町3丁目)西養寺のとなりにあった神社。脚が限界で参詣できず。

明泉寺(竹原市忠海中町3丁目)門がしまっていて外から見ただけ。

妙覚寺(竹原市忠海床浦2丁目)かぐや姫美術館がある。

勝運寺(竹原市忠海床浦2丁目)忠海の町はずれにある落ち着いた禅寺。

   

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