日本すきま漫遊記 > 知多湾周遊(2日目)

 

縁心寺

(愛知県西尾市)

 

縁心寺。聖運寺の北隣にあった浄土宗の寺。路地の奥にあったので、聖運寺に車を駐車したまま歩いて参詣した。

山門は入母屋造の四脚門。写真を見る限り、柱にころびがあるように見えるが、参詣したときには気付かなかった。

本堂は裳階(もこし)付きのいびつな形をした入母屋の建物。裳階というのはひさしを出して建物の床面積を一間分ひろげたようにした構造のことである。本来の屋根の下にさらにひさしの屋根がつくので屋根が二層になる。

だがこの本堂の裳階はもともとあったという感じではなく、ぬれ縁かなにかだったところを改造して裳階に仕立てたのではないかと想像される。

本堂の左手には塗籠造りの十王堂。この堂も庇の出し方が不自然である。

落慶は1990年。内部には閻魔大王のほかに12人の神像が置かれていた。ひとつひとつに名札がついているのだが、このとき使っていたデジカメでは解像度がたらなくて文字を読むことはできない。

業の秤などの装置は見当たらなかった。私としては“地獄行き判定装置”が完備した十王堂を極上の十王堂としているので、人数が多くても物足りなく感じてしまうのである。

十王堂の隣には、巨大な地蔵像。

戦時中に供出したものを1982年に信徒が再建したものだという。

本堂の右側には玄関と庫裏。この庫裏の屋根も変な造りだ。言ってみれば、この寺の建物はすべて変わっている。

案内板によると、三河地震、伊勢湾台風などの被害を受けてその度に復興してきたと書かれていたので、これらの変な建物はそうした経緯でできたのかもしれない。三河地方では1945年の三河地震で死者2,300人、1959年の伊勢湾台風で3,300人と、近代になってから甚大な災害を立て続けに被っており、その傷跡はいまだ完全に癒えてはいないのだ。

境内には他に水盤舎があった。

 

もどる