今回、最後に紹介した4つの物件は、いずれも皇国思想の遺構としての時計台の定義からは外れるものであるが、私のみたところでは時計台の血統を感じさせた物件である。まったくなんの根拠も脈絡もないのだが、もしかすれば再建時計台であったり、仮面時計台(本来の目的のままでは存在が許されないので、他の記念物に擬態した物件)であるかもしれないなどという、とりとめもない妄想をもとに紹介してみた。
徳島に住んで3年。まだ県内の街道という街道、路地という路地を全て知り尽くしたわけではないから、このような時計はいずれ追加で紹介することがあるかも知れない。 |