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椿泊は阿南市の南部、徳島県の東端の漁村だ。断層に沿って深く切れ込んだ湾があり、町はその岬の突端にある。戦国時代に名を馳せた阿波水軍の拠点でもあった場所である。
天然の良港であり現在も漁業が盛んな町だ。町の中央の道路は漁村にありがちな狭い道(左写真)。この道は岬で突き当たりになっており、Uターンには個人宅の車庫で車を回す必要があるため車での進入はお勧めできない。私もいろいろ狭い道に車で入るほうだが、初めてここに車で入ったときは本当に後悔した…。 |

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道に沿った民家はおおむね2階屋(一部3階屋もあり)で、檜造りの立派な家が多い。
椿泊の町並みを特徴づけるのは、表通りに面した欄干だ。非常に凝った意匠で、民家というより料亭や旅館などに使うような細工がされている。椿泊は明治末〜昭和初期に遠洋漁業で栄え、こうした凝った家を競って建てたのも昭和初期のことだという。
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左右に欄干を持った家が続く。
他では見ることのできない特異な風景だ。いずれあらためて町並みとして紹介する必要があるだろう。
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その町並の中央に福蔵寺と佐田神社という寺社がある。
そして佐田神社の門前に柱時計のような形をした時計台があった。 |

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撮影時、手前に軽トラが置かれていて、少し斜めのアングルからしか撮影できなかった。
正面の下部には「御大典記念」と書かれている。
時計があるのは正面だけ。 |

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左側面の様子。
写真では見えないが、柱部分には「紀二千五百八十八年」と書かれている。皇紀2588年とは昭和天皇の即位の礼が行われた昭和3年(1928年)のことである。椿泊がもっとも栄えた時期とも合致する。
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右側側面の様子。
「昭和三年八月椿泊青年団東支部建」と書かれている。 |
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背面には階段がついていた。
設置された時計は機械式で、ときどき裏側からゼンマイを巻く必要があったのかも知れない。 |