日本すきま漫遊記 > さよなら関東 浦佐の三階民家 (新潟県大和町) 浦佐の町の中を通るメインの道路は、旧国道17号線、さらに時代をさかのぼればこの道は三国街道と呼ばれた街道であった。 しもた屋ふうの民家の軒先には雁木(がんぎ)が残っている。雁木とは、豪雪地帯で家々が軒先の庇をつなげて作ったアーケードである(左写真)。除雪車や消雪パイプがなかった時代、道路は雪で埋まってしまい、雁木の部分が唯一の通路だったのだ。 その浦佐の町の中に立派な3階民家があった。2階、3階の間取りの感じでは元は旅館だったのではないかと思う。 今は野菜などを商っているようだ。 2階のガラス戸の桟の細工を見るに、かなり立派な建物と言っていいだろう。 側面には不規則に色々な形の窓が開いていた。時代を経ながら改造を繰り返していった結果だろう。 2階にある飛び出した洗面所(?)などはいかにも継ぎはぎな感じで、私はこういう建築は好きなのだ。なりふり構わず高密度に空間を利用した結果作られる建築の造形は、航空母艦のイメージにも近いものがある。 この日の観光はこれでおしまい。きのう南牧村でとてもまずいうどんを食べたので、きょうは早めに引き上げて、口直しに前橋の蕎麦屋へ行くことにした。その店は前橋の総社町というところにある行きつけの店なのだ。ひさしぶりに美味しいそばを堪能した。 ところが、その蕎麦屋からの帰路で偶然に信じられないものを発見したのである‥‥
日本すきま漫遊記 > さよなら関東
浦佐の三階民家
(新潟県大和町)
浦佐の町の中を通るメインの道路は、旧国道17号線、さらに時代をさかのぼればこの道は三国街道と呼ばれた街道であった。
しもた屋ふうの民家の軒先には雁木(がんぎ)が残っている。雁木とは、豪雪地帯で家々が軒先の庇をつなげて作ったアーケードである(左写真)。除雪車や消雪パイプがなかった時代、道路は雪で埋まってしまい、雁木の部分が唯一の通路だったのだ。
その浦佐の町の中に立派な3階民家があった。2階、3階の間取りの感じでは元は旅館だったのではないかと思う。
今は野菜などを商っているようだ。
2階のガラス戸の桟の細工を見るに、かなり立派な建物と言っていいだろう。
側面には不規則に色々な形の窓が開いていた。時代を経ながら改造を繰り返していった結果だろう。
2階にある飛び出した洗面所(?)などはいかにも継ぎはぎな感じで、私はこういう建築は好きなのだ。なりふり構わず高密度に空間を利用した結果作られる建築の造形は、航空母艦のイメージにも近いものがある。
この日の観光はこれでおしまい。きのう南牧村でとてもまずいうどんを食べたので、きょうは早めに引き上げて、口直しに前橋の蕎麦屋へ行くことにした。その店は前橋の総社町というところにある行きつけの店なのだ。ひさしぶりに美味しいそばを堪能した。
ところが、その蕎麦屋からの帰路で偶然に信じられないものを発見したのである‥‥