日本すきま漫遊記 > 山陽の塔巡り(その7) 神護寺 (岡山県賀陽町) 神護寺。吉川八幡神社のもと別当寺。八幡神社からは南西に200mほど離れた丘の上にある。 もともとは神宮寺と呼ばれ、八幡神社の境内にあったが、その後この場所に移転して名前も神護寺と変わったのだそうだ。案内版の説明には移転した時期は書かれていなかったが、明治の神仏分離により移動したのではなくそれ以前に分離したようだ。 なだらかな参道を登ると薬医門がある。 背後は杉木立になっていて、小さいながらも落ち着いた雰囲気の寺だ。 本堂は大棟の短い入母屋造。いやむしろ茅葺きの寄棟造に銅版をかぶせたもの、といったほうがよいかもしれない。寺院建築ではなく、農家の作りである。 庫裏も農家風。 悪い意味でなく、素朴な寺だ。 本堂の左側には渡り廊下でつながった鎮守社。案内板によれば神仏分離時に八幡神社の本地堂を移築したとあるので、この背後の宝形の堂がそうかだろうか? 八幡の本地は阿弥陀如来である。 その前には袴腰鐘楼があった。
日本すきま漫遊記 > 山陽の塔巡り(その7)
神護寺
(岡山県賀陽町)
神護寺。吉川八幡神社のもと別当寺。八幡神社からは南西に200mほど離れた丘の上にある。
もともとは神宮寺と呼ばれ、八幡神社の境内にあったが、その後この場所に移転して名前も神護寺と変わったのだそうだ。案内版の説明には移転した時期は書かれていなかったが、明治の神仏分離により移動したのではなくそれ以前に分離したようだ。
なだらかな参道を登ると薬医門がある。
背後は杉木立になっていて、小さいながらも落ち着いた雰囲気の寺だ。
本堂は大棟の短い入母屋造。いやむしろ茅葺きの寄棟造に銅版をかぶせたもの、といったほうがよいかもしれない。寺院建築ではなく、農家の作りである。
庫裏も農家風。
悪い意味でなく、素朴な寺だ。
本堂の左側には渡り廊下でつながった鎮守社。案内板によれば神仏分離時に八幡神社の本地堂を移築したとあるので、この背後の宝形の堂がそうかだろうか?
八幡の本地は阿弥陀如来である。
その前には袴腰鐘楼があった。