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ところで、ここ吉備津彦神社と、このあと訪れる吉備津神社はどちらも吉備津彦命(きびつひこのみこと)を祀っている。吉備津彦命とは孝霊天皇の第三皇子で、当時吉備地方を支配していた豪族温羅(うら)一族を攻め滅ぼした人物である。この討伐の伝承が桃太郎の元になったとも言われている。ところがこの吉備津彦神社と吉備津神社は実際に行ってみると雰囲気があまりにも違いすぎる。しかも吉備津神社は吉備津彦命を祀っていると言いながら、どうも温羅一族の怨霊を鎮めるために機能しているようだ。一方、この吉備津彦神社は続日本紀にも書かれている由緒正しき神社ということで、いまでも旧官幣社の匂いがぷんぷんしている。
これは想像するに、吉備津彦という名前を隠れみのにして温羅一族を祀る吉備津神社に対抗して、朝廷が力押しで造営したのが吉備津彦神社だったというのが真相ではないか。私が見たかぎり観光ガイドなどにはこの2社の違いはあまり触れていないようだが、どうにもこの吉備津彦神社にはそういうきな臭さがただよっている。
そして、壮大な神社を造営することでは足らず、さらに入念に吉備津彦命を讚えるための物語として「桃太郎」が流布されたのであろう。その桃太郎の“他国に攻め込んで悪者を征伐するのを是とする”というモチーフが戦前の軍国教育とジャストフィットしたのは、思えば単なる偶然ではないのかもしれない。
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