|
宿場町の古い絵図などを見ていると、たいてい道路の中央に水路がある。このような水路を何と呼ぶかは知らないのだが、私は単刀直入に“中央水路”構造と呼んでいる。こうした構造は多くの場合は昭和三十年代までに姿を消して、暗渠(あんきょ=フタをした下水)になったか、水路を道路の端に寄せてしまった。
いまでも中央に水路が残る宿場町はさすがにそれなりの観光名所になっている。だがよく観察するとまったく観光の対象にならないような無名の街道の宿場とも言えないような小さな宿場の跡にこうした構造が残っている場合がある。私は特に観光化されていない中央水路構造を愛していて、そういう場所は一度見たら決して忘れることはない。
岡山市の安住院へ向かう参道の一部が、その中央水路構造になっていたのである。こうした構造は街道筋だけでなく、街道から分かれた門前町にも見られるケースがある。
|