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櫛引(くしひき)八幡宮へ向かう。櫛引八幡宮は八戸の市街地から南西の方向に5kmほどの郊外にある由緒ある神社だ。周囲はリンゴ畑が広がる農村の風景である。
参道には酒屋(左写真)があって、その母屋はおそらく以前は参詣者相手の宿屋だったのではないかという風の建物だ。
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一の鳥居(左写真)。
ここからは下車して歩かなければならない。長い参道が続いている。参道の長さは100mくらいか。写真の中央部に点のように二の鳥居が見えている。
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参道の途中には旧八戸小学校講堂(県重宝)が移築されていた。青森県最古の洋館だということだ。
勝手に上がるなと書いてあったので、残念ながら2階などには入らなかった。
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境内はうっそうとした杉木立に囲まれている。
櫛引八幡は南部氏が本領の甲州から移したといわれ、南部氏の祈願所として繁栄した。現在の社殿は江戸初期に南部重直によって整えられたという。
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二の鳥居。
奥には四脚門(国重文)、左手には水盤舎が見える。
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四脚門の手前は堀になっていて、池の中には河童の像がいる。 |
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拝殿。正面7間の巨大な建物だ。 |
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拝殿の軒下には十二支の大絵馬が掲げられている。 |
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本殿(国重文)。流造の華麗な建物。
境内には他に、旧拝殿(国重文)、末社(うち3棟が国重文)、神楽殿、護符売り場、宝物館。
宝物館には国宝の鎧兜が展示されている。ここに国宝の鎧兜があるということは以前から知っていたので、立派な博物館でも併設されているのではないかと想像していたが、実際には宝物館はかび臭いような古めかしい土蔵だった。
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拝観料は300円。護符売り場で申し込むと、巫女さんが鍵を持って付いてきて、扉を開けて蛍光灯と説明のテープの電源を入れてくれる。写真撮影禁止だし、巫女さんは入口で待っているので、ここから先は念写しかない。
赤糸威鎧(あかいとおどしよろい)、国宝。「威」とは「緒通し」のことで、つまり赤い糸で綴られている鎧ということだ。
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実を言えば私は工芸品や武具などは、ほとんど見方がわからない。よって、この鎧についても自分の言葉で書くしかない。
兜(左上写真)は、錣(しころ:首の廻りを覆うために広がっている部分)や吹き返し(錣が折り返しているところ)が下に垂れず、横に大きく広がっており、現代的な審美眼からしてもとてもカッコ良いと思う。兜全体のシルエットが雅びやかな感じを醸し出していると思う。
大鎧も大袖(二の腕の部分の板)や、草摺(くさずり:大腿部の部分の板)に鬼気迫る迫力がある。
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白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまどりよろい)、国宝。
「褄取り」とは、大袖や草摺の一部を地の糸とは違う色で威したものだそうだ。(左下写真の草摺の左側の色とりどりの糸が使われているような仕上げのことか?)
ちなみに後ろのほう掛けられている神楽面は県重宝。
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この白糸威褄取鎧は、南部氏が南朝の天皇から拝領し、本領から持ってきたもので、実際に戦のおり南部藩主が着用し、凱旋したときに八幡宮に奉納したものだそうである。
赤糸威鎧からみると、普通の感じだ。鍬形(くわがた:兜のツノ)がないのは、なぜなんだろう。
他にも宝物館には国重文の鎧兜が2基ある。
いずれにしても、こういうものの価値がわかるようになるには、もっとたくさんの実物を見て、目を養わなければならないと痛感した。

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