水車小屋幻想

(岐阜県丹生川村)

 

千光寺をあとにして丹生川村を走っているとき、ふと道路のわきにあった小屋が目に留まった。「もしかして、水車小屋では?」 そんなことを思ったのは、前日に郡上八幡でいんちき臭い観光唐臼を見たり、その日の午前中に土産物屋のからくり水車を見たせいで、潜在的にもっとちゃんとした水車を見たいという気持ちがあったからなのかもしれない。だが、このとき眠さは最高潮に達していて、車を降りて確認するエネルギーすらなかった。しかたないので車窓からパチリ。

ところで、一般の人が思い浮かべる水車小屋のある風景というのは、結婚式場の日本庭園とか黒沢明の映画「夢」にでてくる村の光景ではないだろうか。だが、そういうものを探しているかぎり水車小屋を発見するのはむずかしい。そこで私なりの水車小屋の見つけ方を伝授したいと思う。

まず第一に、水車小屋は田んぼの中にポツンとあることはなく、たいていは集落の中で民家に隣接して建てられている。(特殊な産業用の水車小屋をのぞけば)水車小屋の主要な用途は自家用の精米と製粉である。精米にしろ製粉にしろ食べる分を少しずつ搗いただろうから、住居から離れていてはいちいち不便である。よって、近くに人家がない場合は、それらしい風情の小屋があってもただの農作業小屋である場合が多い。

第二に、黒沢の映画のように水量豊かな小川に水輪をひたしたまま常に稼働している水車などまずない。多くの水車は必要なときだけ水路から取水して動かすようにしている。その場合、取水する川は小さなものでよく、現代では側溝になっている場合も多い。よって、必ずしも田園牧歌的な小川をイメージする必要はない。

第三に、これがとても重要なのだが、水輪を捜していてはだめ。水車小屋のシンボルとも言える水輪(みずわ)、これを目標に捜していたのではなかなか見つからない。水輪のない水車小屋を捜すのが、実は水車小屋発見の最大のポイントといってもいいのだ。もともと水輪は定期的に修繕しなければならないし、特に常に水を掛けていないと腐りやすい。したがって、水輪が傷んだのでそのまま撤去されている水車小屋は多い。そこで周囲の状況を見て取水、導水、排水が可能かどうか、そして、壁に水輪を取り付けていた穴が空いていないか、といった点をチェックするのだ。

さて、以上の観点からこの小屋(左写真)を見てみよう。

まず、人家からの距離は近い。取水については左側の水路が規模的には充分である。(A)に不審な礎石があり、(A)部分から取水が可能と思われる。また、斜面なので床面からの高さは不明だが(B)部分には壁に穴が空いている。(C)の部分からもみ殻があふれ出ている、といったところからこの小屋を怪しいと睨んだわけである。

想像図としては左図のような感じだ。

導水樋や水輪は必ずしも木製でなくてもよく、鉄、トタンなどの素材で作られていたことも想定しなければならない。

‥‥とまあ、想像を膨らませてみたわけだが、実際のところはたぶん水車小屋ではないだろう。午後の眠気の中で見た白日夢の話と思ってお許し願いたい。