日本すきま漫遊記 > 尾張・西美濃戒壇めぐり(その3) 西順寺 (岐阜県北方町) 北方町の観光マップを見ていたら、時の太鼓なるものが載っていたので行ってみた。 時の太鼓は円鏡寺から南へ5分ほど歩いた西順寺という寺の境内にあった。北方の城主が将軍家に馬術を披露し、その褒美として太鼓と太鼓の打ち方を授かったのだという。太鼓の打ち方は徳川家にしか許されていないものだったそうだ。 時の太鼓はもともとは別の場所にあったのを、この場所に移築したものらしい。普通、時の鐘といったら、町並みのランドマークとしては強烈なインパクトがあるものだが、この時の太鼓は寺の境内に移築されていることもあって、あまり心の琴線に触れるものがない。 なお、西順寺は左写真のような寺であった。現代風の本堂についてあまり語るべきことはない。 私は別に現代的な作りの仏堂を否定しているわけではない。たぶんこの本堂もいつかは一時代を表す歴史的な建築群となるだろう。だがやはりお寺の建物は機能とコストだけで語れるものではないとは思うし、伝統にこだわる必要はないが審美的な意味で突き詰めた設計であって欲しいとも思う。 境内の植木はよく整えられていて気持ちがいい。鐘堂は2間×1間、本瓦葺き切妻造の立派なものであった。
日本すきま漫遊記 > 尾張・西美濃戒壇めぐり(その3)
西順寺
(岐阜県北方町)
北方町の観光マップを見ていたら、時の太鼓なるものが載っていたので行ってみた。
時の太鼓は円鏡寺から南へ5分ほど歩いた西順寺という寺の境内にあった。北方の城主が将軍家に馬術を披露し、その褒美として太鼓と太鼓の打ち方を授かったのだという。太鼓の打ち方は徳川家にしか許されていないものだったそうだ。
時の太鼓はもともとは別の場所にあったのを、この場所に移築したものらしい。普通、時の鐘といったら、町並みのランドマークとしては強烈なインパクトがあるものだが、この時の太鼓は寺の境内に移築されていることもあって、あまり心の琴線に触れるものがない。
なお、西順寺は左写真のような寺であった。現代風の本堂についてあまり語るべきことはない。
私は別に現代的な作りの仏堂を否定しているわけではない。たぶんこの本堂もいつかは一時代を表す歴史的な建築群となるだろう。だがやはりお寺の建物は機能とコストだけで語れるものではないとは思うし、伝統にこだわる必要はないが審美的な意味で突き詰めた設計であって欲しいとも思う。
境内の植木はよく整えられていて気持ちがいい。鐘堂は2間×1間、本瓦葺き切妻造の立派なものであった。